客車

国鉄時代に大井川鉄道に譲渡された車齢77年の オハフ33 215

今回も、JR西日本から大井川鐵道に譲渡された旧“レトロ客車”12系700番代を撮りに行ったプチ遠征(4/6)の続きです。

 
この日は西日本から雨雲が迫っていたので、昼過ぎには雨が降るとの予報でした。

12系700番代の手前に止まっているトーマス色のスハ43系客車がSL急行「さくら号」に充当されるのが12時ごろでしたので、その前に雨が降りだしたら遠征は無駄に… そんなことを心配しながらの移動でしたが、新金谷駅に着いてみると晴れ。

予想どおり12系700番代はトーマス色の客車が邪魔で撮影できません。しかも、「さくら号」にその客車が充当されるとは限りません。

 
予想どおりトーマス色のスハ43系は動いてくれるのだろうか?

そう心配しながら空の雲を確認しながらオハ35系の緩急車 オハフ33 215 を撮影していました。

こういうときは気が気ではないですね…

 
しばらくしてからホームに止まっていたSL急行「川根路号」が発車し、代わりにトーマス色の客車がこのホームに入ってきました。

青春18きっぷを使わずに急いでクルマで行ったプチ遠征が無駄にならなかった瞬間でした…

 
こんな感じでハラハラしながらいつも撮影しています。

 
今回はそんなときに撮影した1枚をアップします。

1941(昭和16)年にオハフ34934として川崎車輛で製造された オハフ33 215 です。
国鉄時代に電気暖房が取り付けられて オハフ33 2215 に改番されていましたが、1976(昭和51)年に大井川鐵道に入線してから元番号に戻されました。

 
オハフ33 215

オハフ33 215  2018年4月6日 大井川鐵道新金谷駅

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大井川鐵道に譲渡されてからすでに40年以上も経っているので、妻面標記の書体が国鉄スタイルから変わってしまいましたが、少しくたびれた感じも含めて国鉄時代末期を思わせるような外観です。

元JR北海道の14系500番代とJR西日本の旧“レトロ客車”12系700番代がそれぞれ整備されるみたいなので、定期的に大井川鐵道を訪れて旧国鉄/JR車両を記録していきたいと思います。

大井川鉄道に譲渡された元「SLやまぐち号」の展望車(オハフ13 701)

今年の春は例年より暖かく、雑草の伸び始めが早いようなので、少し焦りながら撮影希望地の天気予報を見ています。

雑草が気になる場所柄ほとんどはローカル線で、しかも西日本方面。
しかも、土日にならないと動かない車両が多いので、なかかな稼働できません。

 
こんなことで1〜2年ほど遠征のタイミングを図っていたら、撮り逃してしまった車両がありました。

下関総合車両所(広セキ)に配置されていた元「SLやまぐち号」用の“レトロ客車”(12系700番代)です。

 
宿泊費を浮かせるために車中泊で遠征したとしても、片道800kmですからね〜
12系700番代の5両だけのために行くことはできないので、ほかの地域と抱き合わせた行程にしないと…

なんて考えていたら、「SLやまぐち号」の“レトロ客車”は新35系客車に置き替えられてしまいました。

 
12系700番代は2017(平成29)年9月2日の「ありがとうレトロ客車」をもって引退し、数日後には下関総合車両所に回送されました。

車体の老朽化が激しいみたいだし、このままあっさり解体されるものと思っていましたが、なんとなんと翌2018(平成30)年2月に大井川鐵道に譲渡されました。

しかも、大井川鐵道は受け入れた12系700番代を新金谷駅ホーム横にしばらく留置しているとのこと。車体はJR西日本時代のままで、留置場所も中2線空きという絶好のロケーション。

JR北海道から元「はまなす」用の14系500番代を2016(平成28)年6月に購入しているので、すぐに手を付けないとしても、車体色が褪せる前に撮影できればJR西日本時代の姿が記録できる。そう思って、新金谷駅で撮影するタイミングを図っていました。

 
4/6(金)に雨雲が流れてくる前に半日ほど曇るような予報が出たので、クルマで大井川鐵道の新金谷駅に行ってきました。

まだ青春18きっぷが1日分残っていましたが、ドン行で静岡県内をゆっくり移動する時間的余裕がなかったので、新東名高速道路でサクッと行ってきました。

 
ということで、今回は元「SLやまぐち号」の展望車、オハフ13 701(広セキ と標記)をアップしたいと思います。

 
オハフ13 701

オハフ13 701(広セキ と標記)  2018年4月6日 大井川鐵道新金谷駅

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普段は手前の留置線に「きかんしゃトーマス号・ジェームス号」用の客車が止まっていますが、SL急行「さくら号」にその客車が充当されたので、雨が降る前に難なく12系700番代の5両を撮影することができました。

JR九州に在籍する現役国鉄形客車 マヤ34形軌道検測車(マヤ34 2009)

この冬は九州への遠征を続けると決意しました。

とはいえ、曇ってくれないと行っても意味がないので、天気予報メジャーの3機関が揃って曇り予報が出るのを待っていました。

そんなときに、首都圏で大雪となった翌日(1/23)から4日連続も南九州を中心に曇り予報となったので、先々週に引き続き九州遠征に出ることにしました。

 
現地の滞在時間を長く取りたいので、1/23(火)の福岡行きの早朝便で九州入りすることに決めました。

ただ、リムジンバスだと早朝便に間に合わない、帰りがいつになるか分からないので格安の駐車場も予約できない、ということで、今回は羽田空港近くで前泊することにしました。

 
しかし、前泊した日は昼過ぎから大雪。
いつもより積もり始めるのが早かったのと、いつ鉄道が止まるか分からなかったので、夕方までにホテルに向かって翌日早朝のフライトに備えました。

前泊したのが奏功し、ホテルからの空港直行バスで難なく朝一番のフライトに間に合いました。

 
しかし、遠征初日(1/23)になって天気予報が一転。

前日まで各予報機関が揃って曇り予報だったのが、晴れ、曇り、雪とバラバラになってしまったのと、降り立った福岡空港がいい天気だったので、予定を大幅に変更して初日は福岡近郊で811・813・817・BEC819系を撮ることにしました。

香椎か遠賀川、門司港に直行しようと思いましたが、晴れているかも知れなかったので、直方に向かいました。
昨年(2017年)3月ダイヤ改正でBEC819系の量産車が投入され、パンタグラフが上がった状態の同車が簡単に撮れるようになったからです。

 
でも、直方に着いてみると雨。帯状の雨雲が筑豊地区に停滞していて、しばらくは雨が上がらない様子…

晴れを心配した行程だったのに、まさかの雨。折尾で乗り換えて遠賀川に向かいましたが、こんどは晴れ。
仕方がないので、香椎に移動しましたが、こちらも晴れ。

せっかく早朝便で福岡に来たのに、天気に翻弄されて為す術なし。

 
結局、いつものように鳥栖まで南下しました。

でも、ここも雨…

ただ、雨雲レーダーを見てみると、30分もすれば雨が上がりそうな状況だったので、しばらく駅の待合室で待つことにしました。

 
14時過ぎにようやく雨が上がり、形式写真が撮れるくらいまで辺りが乾いてきたところに、811系1500番代が入線。
先日、目撃しただけで撮影が叶わなかった青帯のリニューアル工事車です。

そして、こんどはDE10形にけん引されたマヤ34形。
妻出しで停車していた時間が短くて、しかも手前に列車が止まっていたので妻出しは撮れませんでしたが、まさかの出会いです。

 
この日はカメラを持った人たちが多かったので、何かが来るような気がしてましたけど、青色に黄色帯の軌道検測車がやって来るとは思いませんでした。

 
 * * *

 
結局、遠征初日(1/23)の行程で曇ったのは鳥栖での1時間30分だけでしたが、このあいだに撮影困難車が何両か来てくれました。

今回はその中でも珍車中の珍車、JR九州の高速軌道検測車、マヤ34 2009(熊クマ)をアップしたいと思います。

 
マヤ34 2009

マヤ34 2009(熊クマ)  2018年1月23日 鳥栖駅

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マヤ34形を撮影している途中から晴れてしまったので、この日の撮影はこれでお終い!と思いましたが、お隣りの田代駅(鳥栖貨物ターミナル駅)に留置されていた EF81 716 を撮りに移動しました。

すでに空に雲はなかったのですが、日の入りまで10分程度だったので、日が沈んだ直後にローズピンクの EF81 716 を撮影しました。

「SLばんえつ物語号」の “グリーン展望車 スロフ12 102 ものがたり”

「形式183・185・381系」を執筆しているときは遠征に出られませんでしたので、今日は1ヶ月半ぶりに遠征に出掛けてました。

と言っても、新潟県なので自宅から300km程度ですから、昨年来、何回かの北海道遠征に比べれば大した遠征ではありません。

でも、このあいだカメラもほとんど触りませんでしたし、Nikon D800E は見もしなかったので、久しぶりの撮り鉄モードに切り替えて行ってきました。

 
当初は日曜日(12/11)の晩に上越新幹線で長岡か新潟に入る予定でしたが、奥さんが札幌地区の大雪のため社員旅行から帰ってこられなってしまったので延期しました。

夜行バスを予約してましたがキャンセルし、撮影どころではなくて、月曜日(12/12)の深夜0時過ぎに羽田空港までクルマで迎えに行く羽目になってしまいました。

完全に、会社ラブの女性の付き人、という感じ。
奥さんの仕事に振り回されっぱなしです。

 
 * * *

 
長岡に前泊(12/12)。

早朝(12/13)に新津入りしてE129系や「SLばんえつ物語号」の12系客車をサッサと撮影し、すぐに長岡に戻る予定でしたが、今回も天気予報が当たらず、朝からピーカン。

 
新津駅のホームでぼけっとしているだけの無駄な時間を過ごしてましたが、9時ごろから雲が厚くなってくれましたので、たまたま5番ホーム近くの出発線に止まっていた「SLばんえつ物語号」の12系客車を撮影。

そして、お昼前にはクモハE128形100番代のトイレ側を撮影。

しかし、曇ってくれたのはほんの2時間程度。
雨が降り始めたので長岡に移動しましたが、こんどは雲が厚すぎて薄暗い駅構内。

これでは室内光の明るい形式写真になってしまうので、宮内に移動しましたが、こんどは雨。

 
こういうときは撮影を諦めてサッサと帰途に就いた方がいいと思ったので、“青春18きっぷ”を満喫するようにドン行を乗り継いで帰りました。

撮影時間2時間。

ほとんどが移動時間だった、リハビリのような遠征でした。

 
仕方がないですね…

 
今回は、十分な露出が得られる条件でグリーン展望車の スロフ12 102(新ニイ)が撮り直しできましたので、こちらをアップしたいと思います。

 
スロフ12 102

スロフ12 102(新ニイ)  2016年12月13日 新津駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

以前アップしたときにも書きましたが、スロフ12 102 は スハフ12 102 をグリーン車に格上げした改造車です。

しかし、スロフ12 102 は、工場(総合車両センター)に入場して装備などを変更・工事する一般的な改造車ではなく、新潟トランシスが予め製作した車体に最小限の部品を種車から転用した、“改造名義”の実質的には“新製車”なのです。

そのため、車体には老朽化にともなう歪みや凹みがありません。

 
スロフ12 102 の後位出入扉付近

 

左隣の オハ12 315 は結構ペコペコで、出入扉付近のステップは特に老朽化すると綻びが目立ちますが、スロフ12 102 は2013(平成25)年に新製した車体なのでとてもきれいです。

 
2007(平成19)年春から2012(平成24)年秋までは、リニューアル工事は施したもののクロスシート(ボックスシート)が並んだ、単なる塗色変更車でした。

当初は、腰板部はチョコレート色、窓まわりはクリーム色をまとってましたが、その当時は撮影できませんでした。

その後、オリエント急行を思わせる紺色に変更されました。

 
スハフ12 102

スハフ12 102(新ニイ)  2008年5月11日 新津駅

 

もっと溯ると、老朽化した急行列車用の旧形客車の置き替えを兼ねて波動輸送用として1977(昭和52)年に製造されました。

スハフ12 102 は青色時代にも撮影していましたが、この当時は何処の客車区にも配置された普通の12系客車でした。

 
スハフ12 102

スハフ12 102(盛アオ)  1988年5月28日 青森駅

 

まさか、SL列車用に転用されて、さらに展望車に改造される、とはね…

 
一部再掲の写真を使いましたが、“スロフ12 102 ものがたり”みたいにまとめてみました。

大井川鉄道に譲渡されて オハ47 512 に改番された旧国鉄 オハ46 512

すでに鮮度落ちの情報ですが、今年(2016年)3月に廃止となった急行「はまなす」で使用されていた14系客車4両を大井川鐵道が購入した、との発表が6/9(木)にありました。

すでにスハフ14 502 と スハフ14 557 の2両は大6/9(木)に大鉄入りしており、残りの2両(オハ 14 511・535)も発表後の6/11(土)に到着しました。

 
少し前まで経営難に喘いでいた大井川鐵道ですが、2014(平成26)年夏に「きかんしゃトーマス号」の運転を開始して以来、同社は攻めの姿勢に転じ、今ではすっかり息を吹き返しました。

子ども向けキャラクターだから成し得たこことはいえ、牽引機の蒸気機関車をキャラクター・デザインに改造するなどの思い切った施策が功を奏したかたちになります。

 
賛否両論はあるでしょうが、何処かで収益をきっちり上げていかないと旧形車両の動態保存はできないですから、「きかんしゃトーマス号」に対して批判的な気持ちはありません。

まだ子どもが小さくて、“きかんしゃトーマス”好きだったら、私も家族で大井川鐵道に乗りに行っていたと思うので。

 
西武鉄道にもいろんな塗色の9000系が登場していますが、これからは、いつ塗り替えられてしまうか分からないという緊張感を持つようにして鉄道車両を撮っていかないといけないようです。

今年(2016年)は“きかんしゃトーマス”の3年契約の最後ですから、見慣れない塗色になってしまった旧国鉄の旧形客車も撮っておいた方がいいように思います。

ということで、今回はオレンジ色になったトーマス客車の オハ47 512(旧国鉄 オハ46 512)をアップいたします。

 
オハ47 512(旧国鉄オハ46 512)

オハ47 512(旧国鉄オハ46 512)  2016年4月28日 大井川鐵道新金谷駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

“トーマス”専用客車として車体がオレンジ色に変更されたのは、オハ47 81・380・398・512、スハフ42 184・286・304 の7両です。

 
国鉄/JR の“オハ47形”はスハ43形の台車を TR47 から TR23(一部の車両はTR34)に交換したために誕生した形式です。

これは、改造名義の軽量客車(オハネ17形とオシ16形)を製造するときに、乗り心地のよいTR47台車を供出する必要があったために台車交換が行われたからです。

スハ43形は698両が新製されましたが、そのうち328両がオハ47形に改造されました。

 
一方で、698両も新製されたスハ43形のうち、途中から設計変更などにより自重が“ス”級から“オ”級に収まるまで軽量化が進んだ改良タイプが160両も製造されました。

これらの車両は落成後すぐの1956(昭和31)年に“オハ46形”に形式変更されました。

すでに、オハ46形はオリジナル設計で オハ46 1〜60 が落成していましたが、スハ43時代の番号そのままでオハ46形に編入されたので、編入車は オハ46 374〜398・494〜553・599〜628・654〜698(飛び番号)となりました。

 
今回アップした大井川鐵道の オハ47 512 は1990(平成2)年まで旧国鉄時代の オハ46 512 を名乗っていた車両ですので、元々は1954(昭和29)年製の スハ43 512 ということになります。

 
終戦後に新製された切妻形の同タイプの一般形客車は“スハ43系”と呼ばれますが、“スハ43形”として最後まで活躍した車両は多くありませんでした。

鉄道模型では代表形式として必ず製品化されますけどね…

 
これは、自重の関係で“オ”級のオハ46形とオハ47形が重宝がられたことが影響していたためで、旧形客車がほとんど淘汰された1985(昭和60)年3月時点ではほとんど見掛けられませんでした。

そのため、動態保存されているのもオハ47形ばかりとなりました。

 

本格的に形式写真を撮りはじめた1985(昭和60)年3月中旬、すでに稼働状態にあったスハ43形は東北と山陰、そして九州に少しだけ。

スハ43形は撮れないものと諦めていましたが、トップナンバーで盛岡客貨車区(盛モカ)の スハ43 2001 が常磐線平駅に入線したときにはビックリしました(2001を名乗っているのは電気暖房搭載車のため)。

しかも、鉄道ダイヤ情報誌に書かれていたぶどう色の塗色でなく、青15号でしたからね…

 
そのとき撮影した スハ43 2001 もアップしておきます。

 
スハ43 2001

スハ43 2001(盛モカ)  1985年3月13日 平駅