客車

JR九州に在籍する現役国鉄形客車 マヤ34形軌道検測車(マヤ34 2009)

この冬は九州への遠征を続けると決意しました。

とはいえ、曇ってくれないと行っても意味がないので、天気予報メジャーの3機関が揃って曇り予報が出るのを待っていました。

そんなときに、首都圏で大雪となった翌日(1/23)から4日連続も南九州を中心に曇り予報となったので、先々週に引き続き九州遠征に出ることにしました。

 
現地の滞在時間を長く取りたいので、1/23(火)の福岡行きの早朝便で九州入りすることに決めました。

ただ、リムジンバスだと早朝便に間に合わない、帰りがいつになるか分からないので格安の駐車場も予約できない、ということで、今回は羽田空港近くで前泊することにしました。

 
しかし、前泊した日は昼過ぎから大雪。
いつもより積もり始めるのが早かったのと、いつ鉄道が止まるか分からなかったので、夕方までにホテルに向かって翌日早朝のフライトに備えました。

前泊したのが奏功し、ホテルからの空港直行バスで難なく朝一番のフライトに間に合いました。

 
しかし、遠征初日(1/23)になって天気予報が一転。

前日まで各予報機関が揃って曇り予報だったのが、晴れ、曇り、雪とバラバラになってしまったのと、降り立った福岡空港がいい天気だったので、予定を大幅に変更して初日は福岡近郊で811・813・817・BEC819系を撮ることにしました。

香椎か遠賀川、門司港に直行しようと思いましたが、晴れているかも知れなかったので、直方に向かいました。
昨年(2017年)3月ダイヤ改正でBEC819系の量産車が投入され、パンタグラフが上がった状態の同車が簡単に撮れるようになったからです。

 
でも、直方に着いてみると雨。帯状の雨雲が筑豊地区に停滞していて、しばらくは雨が上がらない様子…

晴れを心配した行程だったのに、まさかの雨。折尾で乗り換えて遠賀川に向かいましたが、こんどは晴れ。
仕方がないので、香椎に移動しましたが、こちらも晴れ。

せっかく早朝便で福岡に来たのに、天気に翻弄されて為す術なし。

 
結局、いつものように鳥栖まで南下しました。

でも、ここも雨…

ただ、雨雲レーダーを見てみると、30分もすれば雨が上がりそうな状況だったので、しばらく駅の待合室で待つことにしました。

 
14時過ぎにようやく雨が上がり、形式写真が撮れるくらいまで辺りが乾いてきたところに、811系1500番代が入線。
先日、目撃しただけで撮影が叶わなかった青帯のリニューアル工事車です。

そして、こんどはDE10形にけん引されたマヤ34形。
妻出しで停車していた時間が短くて、しかも手前に列車が止まっていたので妻出しは撮れませんでしたが、まさかの出会いです。

 
この日はカメラを持った人たちが多かったので、何かが来るような気がしてましたけど、青色に黄色帯の軌道検測車がやって来るとは思いませんでした。

 
 * * *

 
結局、遠征初日(1/23)の行程で曇ったのは鳥栖での1時間30分だけでしたが、このあいだに撮影困難車が何両か来てくれました。

今回はその中でも珍車中の珍車、JR九州の高速軌道検測車、マヤ34 2009(熊クマ)をアップしたいと思います。

 
マヤ34 2009

マヤ34 2009(熊クマ)  2018年1月23日 鳥栖駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

マヤ34形を撮影している途中から晴れてしまったので、この日の撮影はこれでお終い!と思いましたが、お隣りの田代駅(鳥栖貨物ターミナル駅)に留置されていた EF81 716 を撮りに移動しました。

すでに空に雲はなかったのですが、日の入りまで10分程度だったので、日が沈んだ直後にローズピンクの EF81 716 を撮影しました。



この形式写真に関連するタグ: JR九州 , 事業用車

「SLばんえつ物語号」の “グリーン展望車 スロフ12 102 ものがたり”

「形式183・185・381系」を執筆しているときは遠征に出られませんでしたので、今日は1ヶ月半ぶりに遠征に出掛けてました。

と言っても、新潟県なので自宅から300km程度ですから、昨年来、何回かの北海道遠征に比べれば大した遠征ではありません。

でも、このあいだカメラもほとんど触りませんでしたし、Nikon D800E は見もしなかったので、久しぶりの撮り鉄モードに切り替えて行ってきました。

 
当初は日曜日(12/11)の晩に上越新幹線で長岡か新潟に入る予定でしたが、奥さんが札幌地区の大雪のため社員旅行から帰ってこられなってしまったので延期しました。

夜行バスを予約してましたがキャンセルし、撮影どころではなくて、月曜日(12/12)の深夜0時過ぎに羽田空港までクルマで迎えに行く羽目になってしまいました。

完全に、会社ラブの女性の付き人、という感じ。
奥さんの仕事に振り回されっぱなしです。

 
 * * *

 
長岡に前泊(12/12)。

早朝(12/13)に新津入りしてE129系や「SLばんえつ物語号」の12系客車をサッサと撮影し、すぐに長岡に戻る予定でしたが、今回も天気予報が当たらず、朝からピーカン。

 
新津駅のホームでぼけっとしているだけの無駄な時間を過ごしてましたが、9時ごろから雲が厚くなってくれましたので、たまたま5番ホーム近くの出発線に止まっていた「SLばんえつ物語号」の12系客車を撮影。

そして、お昼前にはクモハE128形100番代のトイレ側を撮影。

しかし、曇ってくれたのはほんの2時間程度。
雨が降り始めたので長岡に移動しましたが、こんどは雲が厚すぎて薄暗い駅構内。

これでは室内光の明るい形式写真になってしまうので、宮内に移動しましたが、こんどは雨。

 
こういうときは撮影を諦めてサッサと帰途に就いた方がいいと思ったので、“青春18きっぷ”を満喫するようにドン行を乗り継いで帰りました。

撮影時間2時間。

ほとんどが移動時間だった、リハビリのような遠征でした。

 
仕方がないですね…

 
今回は、十分な露出が得られる条件でグリーン展望車の スロフ12 102(新ニイ)が撮り直しできましたので、こちらをアップしたいと思います。

 
スロフ12 102

スロフ12 102(新ニイ)  2016年12月13日 新津駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

以前アップしたときにも書きましたが、スロフ12 102 は スハフ12 102 をグリーン車に格上げした改造車です。

しかし、スロフ12 102 は、工場(総合車両センター)に入場して装備などを変更・工事する一般的な改造車ではなく、新潟トランシスが予め製作した車体に最小限の部品を種車から転用した、“改造名義”の実質的には“新製車”なのです。

そのため、車体には老朽化にともなう歪みや凹みがありません。

 
スロフ12 102 の後位出入扉付近

 

左隣の オハ12 315 は結構ペコペコで、出入扉付近のステップは特に老朽化すると綻びが目立ちますが、スロフ12 102 は2013(平成25)年に新製した車体なのでとてもきれいです。

 
2007(平成19)年春から2012(平成24)年秋までは、リニューアル工事は施したもののクロスシート(ボックスシート)が並んだ、単なる塗色変更車でした。

当初は、腰板部はチョコレート色、窓まわりはクリーム色をまとってましたが、その当時は撮影できませんでした。

その後、オリエント急行を思わせる紺色に変更されました。

 
スハフ12 102

スハフ12 102(新ニイ)  2008年5月11日 新津駅

 

もっと溯ると、老朽化した急行列車用の旧形客車の置き替えを兼ねて波動輸送用として1977(昭和52)年に製造されました。

スハフ12 102 は青色時代にも撮影していましたが、この当時は何処の客車区にも配置された普通の12系客車でした。

 
スハフ12 102

スハフ12 102(盛アオ)  1988年5月28日 青森駅

 

まさか、SL列車用に転用されて、さらに展望車に改造される、とはね…

 
一部再掲の写真を使いましたが、“スロフ12 102 ものがたり”みたいにまとめてみました。



この形式写真に関連するタグ: 12系 , JR東日本 , ジョイフルトレイン

大井川鉄道に譲渡されて オハ47 512 に改番された旧国鉄 オハ46 512

すでに鮮度落ちの情報ですが、今年(2016年)3月に廃止となった急行「はまなす」で使用されていた14系客車4両を大井川鐵道が購入した、との発表が6/9(木)にありました。

すでにスハフ14 502 と スハフ14 557 の2両は大6/9(木)に大鉄入りしており、残りの2両(オハ 14 511・535)も発表後の6/11(土)に到着しました。

 
少し前まで経営難に喘いでいた大井川鐵道ですが、2014(平成26)年夏に「きかんしゃトーマス号」の運転を開始して以来、同社は攻めの姿勢に転じ、今ではすっかり息を吹き返しました。

子ども向けキャラクターだから成し得たこことはいえ、牽引機の蒸気機関車をキャラクター・デザインに改造するなどの思い切った施策が功を奏したかたちになります。

 
賛否両論はあるでしょうが、何処かで収益をきっちり上げていかないと旧形車両の動態保存はできないですから、「きかんしゃトーマス号」に対して批判的な気持ちはありません。

まだ子どもが小さくて、“きかんしゃトーマス”好きだったら、私も家族で大井川鐵道に乗りに行っていたと思うので。

 
西武鉄道にもいろんな塗色の9000系が登場していますが、これからは、いつ塗り替えられてしまうか分からないという緊張感を持つようにして鉄道車両を撮っていかないといけないようです。

今年(2016年)は“きかんしゃトーマス”の3年契約の最後ですから、見慣れない塗色になってしまった旧国鉄の旧形客車も撮っておいた方がいいように思います。

ということで、今回はオレンジ色になったトーマス客車の オハ47 512(旧国鉄 オハ46 512)をアップいたします。

 
オハ47 512(旧国鉄オハ46 512)

オハ47 512(旧国鉄オハ46 512)  2016年4月28日 大井川鐵道新金谷駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

“トーマス”専用客車として車体がオレンジ色に変更されたのは、オハ47 81・380・398・512、スハフ42 184・286・304 の7両です。

 
国鉄/JR の“オハ47形”はスハ43形の台車を TR47 から TR23(一部の車両はTR34)に交換したために誕生した形式です。

これは、改造名義の軽量客車(オハネ17形とオシ16形)を製造するときに、乗り心地のよいTR47台車を供出する必要があったために台車交換が行われたからです。

スハ43形は698両が新製されましたが、そのうち328両がオハ47形に改造されました。

 
一方で、698両も新製されたスハ43形のうち、途中から設計変更などにより自重が“ス”級から“オ”級に収まるまで軽量化が進んだ改良タイプが160両も製造されました。

これらの車両は落成後すぐの1956(昭和31)年に“オハ46形”に形式変更されました。

すでに、オハ46形はオリジナル設計で オハ46 1〜60 が落成していましたが、スハ43時代の番号そのままでオハ46形に編入されたので、編入車は オハ46 374〜398・494〜553・599〜628・654〜698(飛び番号)となりました。

 
今回アップした大井川鐵道の オハ47 512 は1990(平成2)年まで旧国鉄時代の オハ46 512 を名乗っていた車両ですので、元々は1954(昭和29)年製の スハ43 512 ということになります。

 
終戦後に新製された切妻形の同タイプの一般形客車は“スハ43系”と呼ばれますが、“スハ43形”として最後まで活躍した車両は多くありませんでした。

鉄道模型では代表形式として必ず製品化されますけどね…

 
これは、自重の関係で“オ”級のオハ46形とオハ47形が重宝がられたことが影響していたためで、旧形客車がほとんど淘汰された1985(昭和60)年3月時点ではほとんど見掛けられませんでした。

そのため、動態保存されているのもオハ47形ばかりとなりました。

 

本格的に形式写真を撮りはじめた1985(昭和60)年3月中旬、すでに稼働状態にあったスハ43形は東北と山陰、そして九州に少しだけ。

スハ43形は撮れないものと諦めていましたが、トップナンバーで盛岡客貨車区(盛モカ)の スハ43 2001 が常磐線平駅に入線したときにはビックリしました(2001を名乗っているのは電気暖房搭載車のため)。

しかも、鉄道ダイヤ情報誌に書かれていたぶどう色の塗色でなく、青15号でしたからね…

 
そのとき撮影した スハ43 2001 もアップしておきます。

 
スハ43 2001

スハ43 2001(盛モカ)  1985年3月13日 平駅



この形式写真に関連するタグ: スハ43系 , 国鉄 , 大井川鐵道

のっぺらぼうな中間車代用の785系の制御電動車 クモハ785-101

こちらのブログの右サイドバーに “人気の投稿” のベスト10 を掲載していますが、ここ最近は北海道地区を走る車両が6つもランクインしています。

なお、このベスト10は記録期間を過去30日間に設定していますので、瞬間風速的なノイズは反映しにくくなっています。

 
ベスト10から北海道関係を抜き出すとこんな感じです。

2位 : ボルスタレス台車に取り替えられたキハ54形500番代(キハ54 509)
4位 : 北海道新幹線の開業に合わせて運転された臨時「北斗91号」の キハ283-2
5位 : 「オホーツク」で使用されているキハ182形400番代(キハ182-405)
7位 : 「北斗星」の食堂車“グランシャリオ”(スシ24 506)
9位 : キハ261系1000番代の中間増結車 タイプ③(キハ260-1317)
10位: “白ボウズ”と呼ばれている“とかち”色の先頭車化改造車(キハ183-104)

 

どの車両もネット上ではあまり採り上げられない車両か、または、きれいな形式写真がヒットしない車両なのでランクインしたものと思っています。

 
比較的マイナーな車両にも日が当たるようにと願っていますので、このベスト10には大満足です。

JR北海道にはもっともっと面白い車両が走っていますので、これらが好きになる切っ掛けになればいいと思っています。

これからもどんどん首都圏中心の情報では埋もれてしまう車両を採り上げていきたいと思っていますので、当ブログをこれからもよろしくお願いいたします。

 
 * * *

 

今回は、昨年の北海道遠征で撮影したやや変わり種な車両をアップしたいと思います。

「スーパーカムイ」で使用されている中間車代用の制御電動車(Mc)、クモハ785-101(札サウ)です。

 
クモハ785-101

クモハ785-101(札サウ)  2015年9月2日 深川駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

もっと変わり種の“のっぺらぼう”がJR北海道に在籍していましたが、残念ながら北海道新幹線の開業で役目を終えたため2015(平成27)年度下期に廃車されてしまいました。

その車両とは モハ785-303 です。

モハ785-303 の種車は クモハ785-105 でしたから、この クモハ785-101 とは兄弟でした。

残念ながら撮れず仕舞いで終わりましたが、やるだけのことはやったので仕方ないですね。

 
この クモハ785-101 は、789系「スーパー白鳥」の増結編成用だった モハ785-303 のように中間車に形式変更されていませんが、乗務員室の運転台の機器類が撤去され、乗務員扉が塞がれているので、運用上では5両編成(サウNE-501編成)の中間車となっています。

ワイパーとスカートが撤去されているので、外観上では完全に中間車然としており、半流形国電を客車に改造した戦災復旧車を思わせる外観(例えば、スユニ72 51 ← オハ71 11)で模型ネタとしては最適な車両だと思います。

このような中間車はジョイフルトレインでも見られる特徴で、先頭車や緩急車を種車とした中間車化改造車(「こがね」の中間車 キハ29 506 など)でその姿を見ることができました。

 
やはり、こういう外観には惹かれますね…

 
クモハ785-101 の連結部(2位側)

クモハ785-101 の連結部(2位側)

 

2015(平成27)年3月に発表された「安全投資と修繕に関する5年間の計画」によると、785系については“37両中27両淘汰”とあります。

すでに2両が「スーパー白鳥」の運転終了で廃車となっているので、785系は残り35両。

あと25両が2017(平成29)年度から廃車されて、10両が残ります。

 
残る10両がどうなるのか気になりますが、JR四国のキハ185形3000・3100番代や東武鉄道の1800系通勤化改造車のように、朝夕の通勤通学輸送に合わせて座席の固定や一部座席の撤去が行われてもおかしくありません。

10両という数字がちょうどキハ143形100・150番代の両数と同じというのが気になるところ。

もしかしたら3年後には2連化された785系が苫小牧・室蘭地区でノンビリ走っているかも知れません。

 
何てことない、そのまま「スーパーカムイ」用として残るかも知れないですけどね。

 
一体どうなるのでしょう…



この形式写真に関連するタグ: 785系 , JR北海道

「増毛ノロッコ号」の制御機能付きの展望客車(オクハテ510-2)

今回も「増毛ノロッコ号」の客車をアップしたいと思います。

舌をかみそうな形式を名乗っている運転台付きの展望車、オクハテ510-2(旭アサ)です。

 
客車であるにも関わらず乗務員室(運転室)が設けられているので、形式に重量を表す“オ”の次に制御車を意味する“ク”が入れられています。
国鉄時代には考えられなかった形式です。

戦前の特急「燕(つばめ)」「富士」のスイテ38形やマイテ49形などのように後方展望を楽しむタイプの展望車ではないですが、車体側面からの眺望が楽しめるような構造になっているので、展望車を表すために形式の末尾に“テ”が加えられて“オクハテ510”という珍しい形式を名乗っています。

 
オクハテ510-2

オクハテ510-2(旭アサ)  2016年5月7日 留萌駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

「増毛ノロッコ号」のディーゼル機関車は増毛方に連結されています。
 
「増毛ノロッコ号」の編成表(左側が増毛方)

「増毛ノロッコ号」の編成表(左側が増毛方)

 

従来の客車列車でしたら、終点で機関車を付け替えて方向転換(機回し)していました。

しかし、これでは近年の簡素化された線路配置で機回しができないため、JR北海道のノロッコ号は、ディーゼル機関車に総括運転ができる機器を搭載し、最後尾の客車に設置された運転台からの遠隔操作でプッシュプル運転をすることで機回しを不要としています。

このような方式はオハ50系化された「釧路湿原ノロッコ号」(1998年)で初めて採用され、1999(平成11)年に登場した「富良野・美瑛ノロッコ号」にも採用されました。

 
「増毛ノロッコ号」は「富良野・美瑛ノロッコ号」用車両を中心に組成されたので、増毛行きの下り列車はディーゼル機関車(DE15 1533)が先頭とした一般的な客車列車でしたが、留萌・旭川行きの上り列車は当車(オクハテ510-2)が先頭車の不思議な見慣れない編成で運転されました。



この形式写真に関連するタグ: JR北海道 , オハ50系 , ジョイフルトレイン