「伊予灘ものがたり」の1号車 キロ47 1401

前回は父の出生地について知っていることをすべて書きましたが、これが有名人だと NHK の「ファミリーヒストリー」のようにドキュメント番組として仕上がるんですよね。

 
父方の祖母が高校時代に亡くなったのと、親戚が皆さん遠かったので小さいときに父の生い立ちを聞くタイミングを逸していました。

なので、出生地が現在の十日町市だったこと、そして鉄道官舎がそのときの住所だったとは!それを知るだけでも驚きでした。

会ったことのない祖父が鉄道関係を生業にしていたわけですからね…

 
一方、母方(佐藤家)は親戚に教育者が多く、佐藤家について調べたことのある叔父に聞けばだいたいのことが聞けます。

比較的近所に住んでいるので、分からないことがあったとしてもすぐに分かります。

 
そうそう、うちは弟は教育者です。

どちらかというと学者なのかな?

 
所謂理系だった私には分かりませんが、こんなインタビューが地元誌に掲載されていますので、ご覧になっていただくと本人も喜ぶと思います。

来週、また来日するので世界の経済情勢について聞いてみたいと思います。

 
そうそう、もう一つ書き忘れていました。

先日(11/29)の十日町遠征ですが、帰る途中、実家の比較的近所(相模原市)で前のクルマに軽く追突してしまいました。
高そうな BMW 6シリーズの高級車で、血の気が引けました。

すべて自動車保険で対応しましたが、反省しきりです。

クルマの遠征の場合は十分に睡眠を取ってから出掛けるようにします。トホ…

 
 * * *

 
ここ数回にわたって観光列車用の気動車をアップしてきましたが、冬が厳しい地域の車両ばかりでしたので、暖かい地方の暖色系塗装の車両をアップしたいと思います。

今回は、JR四国の観光列車「伊予灘ものがたり」で使用されている キロ47 1401(四マツ)です。

 
キロ47 1401

キロ47 1401(四マツ)  2015年5月23日 八幡浜駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

「伊予灘ものがたり」は、予讃線の松山〜伊予大洲間と松山〜八幡浜間の2区間で運転されている観光列車です。

空気バネ台車を履いたキロ47形の2両編成が使用されています。

1号車の キロ47 1401 は夕日を連想させる“茜(あかね)色”に、2号車の キロ47 1402 はかんきつ類を思わせる“黄金色”に塗装されています。

各車とも、瀬戸内海側(写真と反対側)に海向き展望シートが、その他に2・4人用ボックスシートが配置され、さらに山側の床面をかさ上げしているので、山側のシートからも瀬戸内海の景色を楽しめるようになっています。

 
写真の キロ47 1401 は種車の キハ47 501 から受け継いだ水タンクが後位車端部の屋根上に設置されていますが、トイレそのものは車イス対応に改装されています。また、海向き展望シートの一部に車イスのスペースが確保されています。

 
JR四国はキハ40系の淘汰が他社よりも進んでおり、すでに松山運転所(四マツ)と徳島運転所(四トク)のキハ40系は通学通勤対応として最低限の両数しか残っていません。

かつてのオハ41形やオハ50系のような立場になってしまいました。
特に松山地区はキハ40系が少なく、四マツのキハ47形に乗車するのは至難の業です。

国鉄末期に新潟から転入した寒地仕様車が優先的に廃車となり、すでに同社のキハ47形500番代と1500番代は2011(平成23)年までに消滅しました。

しかし、JR四国は空気バネを履いた乗り心地のいい寒地仕様車を将来のために多度津工場で保管していたので、今回のような転用劇が生まれたということになります。

 
種車の キハ47 501 は第3ロットの昭和52年度第1次債務の予算で越後線・弥彦線用として1978(昭和53)年7月に新潟鐵工所で製造されました。

第3ロットの特徴がキロ47形に改造されても残っているのが面白いところで、以前アップした第1ロット車(昭和50年度第3次債務車)で北海道向けの キハ40 838 のようにペデスタル式の空気バネ台車のDT42(従台車はTR227)を履いています。
しかし、先頭部のスカートは切り欠き部分の隅が45°で処理されている一般的な形状のものが取り付けられています。

 
キロ47 1401 のスカートと台車(DT42)

キロ47 1401 のスカートと台車(DT42)

 

このような特徴は第3ロットの中でも寒地向けの車両にしか見られないもので、キハ47 501〜505・1501〜1505 でしか見られませんでした。

でも、これらの10両は2011(平成23)年までに廃車。

ところがところが、キハ47 501・1501が「伊予灘ものがたり」として車籍復帰してくれたので、キロ47 1401・1402 に形式変更されましたが、これらの特徴が再び営業列車で見られるようになりました。

 

がんばって欲しいJR四国の「伊予灘ものがたり」という観光列車ですが、このような車両史的な視点で見るとひと味違った旅が楽しめるのではないでしょうか?



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「アンパンマン列車」仕様の2000系中間車(あかちゃんまん号の 2210)

2歳の姪っ子がアンパンマンが大好きで、その中でも“メロンパンナ”と“ロールパンナ”が好きだということだったので、どちらかのキャラクターがデザインされた車両を撮っていないか探してみましたが、残念ながらありませんでした。

 
「メロンパンナ号」は岡山・高松方の貫通形先頭車の 2113、「ロールパンナ号」は宇和島方の非貫通形先頭車の 2152 です。いずれも特急「しおかぜ」「いしづち」「宇和海」の一部の列車に連結されます。

この2両を撮っていれば姪っ子を喜ばせることができたのですが、空振りに終わりました。

 
JR四国管内には、日本テレビ系列の人気アニメ「それいけ!アンパンマン」のキャラクターがデザインされた「アンパンマン列車」がたくさん走っています。

昨年今年と続けて2回も八幡浜に訪れたましたが、ここにやってくる松山運転所(四マツ)の「アンパンマン列車」仕様の2000系気動車は高知運転所(四コチ)のように固定運用されていないので、特定のキャラクターを追いかけるのは大変です。

外装が普通の一般車両が連結されることが多いですし、2000系は停車後もなかなか揺れが収まらない車両なので、1列車で何両も撮ることができません。

そのことが原因だと思うのですが、この2回の四国遠征で四マツの「アンパンマン列車」仕様車をたくさん撮ったつもりだったのに、数えてみたら4両しか撮っていませんでした。四マツに11両も在籍しているのにね…

 
もう少しあったと思っていたのですが…

 
今回はそのうちの1両をアップしたいと思います。
本来は地味な地味な中間車ですが、「それいけ!アンパンマン」のキャラクターで賑やかな外装となった「あかちゃんまん号」の 2210 です。

 
2210(JR四国)

2210(四マツ)  2014年6月7日 八幡浜駅

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車体側面に「それいけ!アンパンマン」のキャラクターがたくさん並んでいますが、後位車端部にその車両のテーマ・キャラクターが大きく描かれています。

 
中間車の2200形は車端部にトイレがないためドア横のスペースが狭いので、隣の“カレーパンマン”や“ドキンちゃん”よりも控えめな大きさになっています。

そのため、“ばいきんまん”“ドキンちゃん”“カレーパンマン”など人気の高いキャラクターはトイレ付きの先頭車両(2000・2100・2150形)に、通好みのキャラクターは中間車の2200形に充てられています。

 
四マツには2000系が25両配置されていますが、そのうち11両が「アンパンマン列車」仕様車に改装されています。

「アンパンマン列車」仕様車となった中間車(2000形)は4両で、それぞれのキャラクターは次のようになっています。

・おむすびまん号:2204
・どんぶりまんトリオ号:2208
・あかちゃんまん号:2210
・パンこうじょうのなかま号:2217

 
なお、現在のキャラクター・デザインは4代目で、数年ごとにデザインがリニューアルされています。

 
あかちゃんまん



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「宇和海」で使用されている2000系試作車(TSE)の元貫通形先頭車 2101

すぐに書けなかったので間が空いてしまいましたが、一昨日(6/11)の晩は形式写真撮りの仲間たちのオフ会に参加しました。

 
今回の参加メンバーは、「I TREN I~失われし鉄道車両を求めて」の冨田さん、「デジタル形式写真館」の横山さん、「24系写真集」の川崎さん、「103系電車の総合研究サイト CLUB 103」の永尾さん、かつて形式写真集を出されていたAさん、そして「国鉄型車両の系譜」シリーズで写真提供してもらったKさん。

皆さんともすごいメンバーなんですよ。

きちんと確認してないですが、ここ最近の半年を振り返ると、今回参加したメンバーの誰かしらの形式写真が毎月鉄道雑誌などに掲載されていましたからね。

こちらでは告知しませんでしたが、私自身も「北斗星」「トワイライトエクスプレス」関連のムックに写真などを提供していましたので、多分、そうだと思います。

 
かつてのように、

(1) 車両基地を列車に乗って通り過ぎる、
(2) 撮りたい車両を目撃したらすぐに下車し、
(3) 車両基地に行って入場許可をもらって、
(4) 三脚をセットして形式写真を撮る、

ことが望めなくなったので、最近は駅ホームなどで車両写真を地道に撮っていくことが重要になっています。

しかも、近年は列車事故対策として駅構内に保安設備が設置される例が多くなったので、形式写真を撮るのに好適な駅ホームも減少気味。

一方で、鉄道会社が地域ごとに最適な車両をつくり、編成単位で車両を管理するように変わったため、国鉄時代よりも形式区分が爆発的に増加しました。

 
このように撮影環境が変化しているので、最近は形式写真を撮るための撮影地情報が重要になっています。

でも一方で、形式写真は誰にでも撮れるようなつまらない鉄道写真という印象があるからなのか?撮影するための情報がなさ過ぎという現実が。

 
それを補うためにFacebookでグループを作ったのですが、たまには会ってワイワイやらないとね〜、ということでだいたい1年に1回のペースでオフ会を開催しています。

 
今回もオフ会で今後の撮影計画をより強化するための情報をもらいましたので、これからも、これといって珍しくも何ともない全国のJR車両を追いかけていきたいと思っています。

 
わたしの場合、平常運転では、1年に1回か2回くらいしか呑み会に参加する機会がないので、楽しい時間を満喫することができました。

と書きましたが、今年は珍しくて今回のオフ会は今年3度目の呑み会でした。

 
 * * *

 
今回は、先月下旬の四国遠征のときに撮影した2000系試作車(TSE)の 2101(四マツ)をアップしたいと思います。

 
2101(JR四国)

2101(四マツ)  2015年5月23日 八幡浜駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

JR四国の2000系試作車(TSE)は平成元(1989)年に登場した世界初の振子式気動車であるとともに、日本で初めて制御付き振子式の基本構成を確立した車両でもあります。

TSEによって得られた実績を元に、JR九州の883系電車、JR北海道のキハ281系をはじめ、JR各社の振子式車両が開発され、そして発展していきました。

 
TSEは非貫通形先頭車の 2001、貫通形先頭車の 2101、中間車の 2201 の3両編成です。

写真の 2101 は便宜上貫通形と記すことがありますが、オリジナルの貫通扉が見られたのは「うずしお」への転用改造が施工される1993(平成5)年までの話しで、このときに貫通扉がプラグドア式から通常の貫通構造に改められ、その後は板で塞がれて現在の姿になりました。

2000系量産車や8000系電車の登場によって高松→松山→高松と何度も転属を繰り返すなど不遇な時期が続きましたが、平成15(2003)年の松山転属以降は特急「宇和海」のグリーン車なし運用が安住の地になったようです。

 
ちょうど鉄道趣味をやめていた時期にTSEに大きな動きがあったので、引退が噂されるこのような時期まで撮影の機会がありませんでした。

でも、こうしてギリギリにエポックメイキングな車両が撮れたことに感謝しています。これも何かの運命でしょう。



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JR四国8000系の切妻形先頭車(8203)

1週間以上も実家の片付けを黙々と続けていたおかげで、片付けが進まないことから起因するストレスが徐々に和らいできました。そして、2日間を1単位で作業すると片付けの効率がよいことがだんだん分かってきました。

雑草抜き作業からも開放されたので、それだけでもだいぶ気持ちが楽になってきています。

まだ今月中に終わる目処は立っていませんが、今日は分別作業に徹する日に決めていたので、実家に行く時間を遅らせて新事務所に「トレインブックス」の表札を取り付けることにしました。

 
実は、先月中旬に“愛称別トレインマーク辞典”というサイトを運営されている「日本海ファクトリー」の松原さんに「ムーンライト 松山」のサボを模した表札の作成をお願いしていました。

日本海ファクトリーは仕事が早いですよね。先月末には手元に届いていたのですが、せっかくの新しい表札ですから、バタバタしているときに取り付けるのは嫌でしたので、しばらく先送りしていました。

急いで作ってくださったのに、1週間以上放ってしまいました。松原さん、すみませんでした。

 
これが送っていただいたサボ風の表札です。

 
トレインブックスのサボ

 

事務所玄関の外ドアは鋼製ですので、この表札の裏面に強力マグネットシートを貼り付け、そして玄関ドアに貼り付けました。

白色アクリルシートですので、ドア色が透けてくすんだ感じになるのではないかと心配しましたが、それもなくOK。

 
「トレインブックス」の表札

 

どうです?

いい感じになったと思いませんか?

 
小さいときから鉄道を趣味としていますが、グッズ関係についてはまったく興味がないので、部屋や事務所を飾るような鉄道グッズは持っていません。

でも、たまたまJR四国の高松運転所(四カマ)での撮影会のときにもらった「ムーンライト松山」のレプリカ・サボが引っ越しのときに出てきたので、文字面を変えれば表札にできるのではないかと思い付きました。

このことを日本海ファクトリーの松原さんに相談したところ、オリジナル表札を作ってくださることになりました。

 
これが表札作りのきっかけになった「ムーンライト松山」のレプリカ・サボです。

 
ムーンライト松山のサボ

 
 * * *

 
今回は「ムーンライト松山」に関連する車両として12系客車をアップしたかったのですが、もうすでに手持ちの写真はすべてアップ済みですので、松山駅で撮影した8200形をアップしたいと思います。

松山運転所(四マツ)の 8203 です。

 
8203(JR四国)

8203(四マツ)  2015年5月24日 松山駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

8000系電車は岡山・高松〜松山間の特急「しおかぜ」「いしづち」などで使用されている制御振り子方式の直流電車で、5両編成(L編成)6本と、3両編成(S編成)6本が四マツに配置されています。

L編成とS編成を連結したときに両端となる先頭車(8000形および8500形)は流線形ですが、このときに中間に入ってしまう先頭車(8400形および8200形)は切妻貫通形で地味なデザインになっています。

 
JR東日本のクモハE257形のように先頭に立って営業運転に出ることがない車両ではないので撮影が難しい形式ではありませんが、こういう地味な車両は撮っていると気持ちがいいですからね…
JR四国の8000系は先行試作車も存在するなど、各形式区分をすべて撮ろうとすると大変な形式のようなので、これから何度か松山に通うことになりそうです。

江川崎まで行かないと撮れない変わった車両は先月の四国遠征で撮れたので、こんどは鉄道利用でノンビリと四国遠征を楽しみたいと思っています。



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JR四国の1200形(1231)

今日(6/9)は涼しかったですね。

大和市の最高気温は23℃。

 
湿度が高かったので気持ちいいというほどではなかったですが、暑がりで夏嫌いの私としてはそれほど不快ではありませんでした。

その証拠に、今日は実家と相模原市の南清掃工場と南部粗大ごみ受入施設を5往復もして、合計300kgもの家財を処分しました。

もし、今日が30℃以上にもなる真夏日だったら、実家の2階はスッキリすることなく、片付かない部屋を見てガッカリしていたでしょう。

 
当初は大和市の処理施設に運ぶつもりでしたが、往復するだけで2時間近く。

でも、よくよく考えてみたらゴミの発生源は相模原市だし、相模原市に固定資産税を払っているのだから、何も文句を言われる筋合いはない。

これまで、実家の近所の人からさんざん細かいことで文句を言われてきたので、相模原市に捨てられないのではないかと勝手に思い込んでいました。

実家を空き家にしていることを面白く思っていない人たちによるクレーマー的態度に萎縮しきっていましたからね。
冷静な判断ができなかったということです。

片付けなければならない荷物の量も半端ないですしね…

 
相模原市に問い合わせてみたら、(大和市のように免許証を提示する必要なく、)相模原市の実家の住所を書けばゴミを持ち込めるという話しでしたので、先週末から3ヶ所に分かれている南清掃工場と南部粗大ごみ受入施設、そして相模原市指定のリサイクル処理業者に不用品を持ち込みました。

大和市と分別方法と出し方が若干異なるので、先週はなかなか効率的に動けませんでしたが、今週に入ってからようやく相模原市の方法に慣れてきました。

 
分別戦隊シゲンジャー

分別戦隊シゲンジャー(相模原市HPより)

 
今月いっぱいは実家の片付けに追われそうですが、曇りそうな日には写真撮影に出掛けられるように、早く目処を付けたいですね。

 
 * * *

 
今回は、先月末の四国遠征の成果からJR四国の一般形気動車 1200形をアップしたいと思います。

徳島運転所(四トク)の 1231 です。

 
1231(JR四国)

1231(四トク)  2015年5月23日 徳島駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

JR四国の1200形は1000形からの改造車です。

2006(平成18)年に新形気動車1500形と連結運転ができるように 1056 の連結器が密着自動連結器から密着連結器に変更されて、塗色も1500形に合わせた緑系に変更されました。

しかし、このとき登場したのは 1256 だけでした。

たまたま同車を撮影することができたので、こちらにアップしたことがありますが、しばらくは1形式1両の稀少形式でした。

 
2008(平成20)年度になって1200形への改造が本格的に開始されて、今では総勢18両の形式となりました。

2008(平成20)年度に17両が増備されて1200形の塗り分けが変わりましたので、塗り分け変更後を撮りたいと思っていたところ、正味2時間ぐらいの徳島滞在で運よく1200形が撮れました。

 
登場当時の 1256 と見比べてみると、どのように塗り分けが変わったのかが分かると思います。



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