名松線の全列車がトイレ付きになりました(キハ11-302)

今年の夏は暑いですね!

 
毎年同じようなことを書いているのかと思い、昨年の8月の書き込みを読んでみましたが、曇る日があったみたいで出撃報告がチラホラ。

暑いのがダメなので例年7〜9月は撮影していませんが、昨年はお盆の時期に天橋立乗り入れの特急「こうのとり」を撮りに遠征したり、8月下旬から1週間以上晴れない日が続いたときがあったので、そのときに富士駅に何日か通ったり。

8月上旬に1週間以上も家族旅行でアメリカに行っていましたが、昨年は精力的でしたね。

 
でも、今年は例年通りで最高気温の上昇とともにカメラの出番がなくなり、北海道遠征の最終日だった7月3日以降はカメラに触れていません。

このまま暑い日が続いたら、次の撮影報告は9月中旬以降になりそうです。

 
9月中旬なら「カシオペア」を牽引する“北斗星”色のDD51形が撮り直しできそうですが、それまでは、まだまだ終わらない実家の片付けを少しずつしながら涼しくなるのを待つことにします。

 
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先月末、7月31日を以て伊勢車両区(海イセ)のキハ11形0・100番代が引退し、名古屋車両区(海ナコ)のキハ25形2自車(1000・1100・1500・1600番代)に置き替えられました。

国鉄末期に製造されたキハ40形よりも一足先に民営化以降に登場した鋼製車体のキハ11形が引退したことになります。

 
まだ、ステンレス製車体のキハ11形300番代が残っていますが、キハ11形は6両だけの少数グループに。
運用範囲は大幅に縮小されて、名松線と紀勢本線・参宮線の亀山〜多気〜伊勢市間になりました。

でも、名松線目線で見れば、使用車両がトイレなしのキハ11形0・100番代からトイレ付きのキハ11形300番代に変わりました。これで、JR他社(JR四国を除く)のローカル線並みのサービスに追いたことになります。

2016(平成28)年春には不通になっている家城~伊勢奥津間が復旧するみたいなので、トイレ付きの列車が走る普通のローカル線として再開できそうです。

いい話ですよね!

 
今回は名松線のサービス向上に寄与することになったキハ11形300番代のトイレ側をアップしたいと思います。

以前、トイレと反対の3位側から撮影した キハ11-302 をアップしたことがありますが、今回は同じ車両の反対側になります。

 
キハ11-302

キハ11-302(海イセ)  2015年6月20日 一身田駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

キハ11形300番代は前述のとおり亀山〜伊勢市間でも運用されますが、朝の通学時間帯の数本だけになりました。

紀勢本線一身田駅で気軽にキハ11形が撮れたのも過去の話しです。

 
通学時間帯は学生さんたちのピースサイン攻撃を受けるリスクが高くなりますので、今後は名松線内で新たな撮影地(駅)を探さないといけなくなりそうです。



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すでに営業運転では見られなくなったキハ75形400番代(キハ75-404)

2ヶ月前の4月初旬のことですが、このときに岐阜遠征の成果としてキハ75形1300番代をアップしました。

この時点では、キハ75形の高山本線・太多線への転用改造が途中段階で、総勢40両の1形式に対して番代区分が12にも及んでいました。

半ばカオス状態です。

 
具体的には、

快速「みえ」用として1993・1999(平成5・11)年に登場した新製車のキハ75形0・100・200・300・400・500番代。

高山本線・太多線への転用を見越してワンマン対応および耐寒構造に改造されたキハ75形3200・3300番代。

そして、

高山本線・太多線転用の際に耐寒構造形に改造された非ワンマンのキハ75形1200・1300番代。

ワンマン対応および耐寒構造に改造されたキハ75形3400・3500番代。

これだけバリエーション豊富になっていました。

 
快速「みえ」と高山本線・太多線のローカル運用という2系統をこなすオールマイティーな形式と言えども、流石に1形式40両に対して12区分は多過ぎます。

3月ダイヤ改正直後では見えてなかったキハ75形の動向でしたが、岐阜に遠征した4月上旬の時点では美濃太田車両区(海ミオ)に転属したキハ75形200・300・400・500番代について順次耐寒構造化の工事を進めていく流れが見られたので、全車が海ミオに転属したキハ75形400・500番代については廃区分も時間の問題と思われていました。

 
このような状況でしたので、キハ75形400・500番代を撮りに岐阜遠征に行きましたが、やはり予想通りこの2区分は先月までに営業運用から外れたようです。

まだ、キハ75-404・505 の耐寒構造化工事が終わっていないようですので、キハ75形400・500番代は廃区分になっていませんが、今月中にはこの2区分は過去のものとなるでしょう。

 
キハ75形についても一通りの区分を記録しておきたかったので、駆け込みで美濃太田駅に行きましたが、富山・多治見方に連結されるキハ75形400番代については撮れる見込みがありませんでした。

でも、たまたま3番線ホームから海ミオに引き上げる運用に キハ75-404(海ミオ)が入ってくれましたので、今回アップする写真のようにきれいに撮ることができました。

 
キハ75-404

キハ75-404(海ミオ)  2015年4月7日 美濃太田駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

キハ75形400番代は形式区分としては珍しいものではありませんが、快速「みえ」時代に撮り損ねていたのでね。

こういう現地一日の遠征では狙っていた車両が撮れないことが多いのですが、当日は運がよかったのだと思っています。



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つい最近落成したばかりのキハ75形1300番代(キハ75-1303)

引っ越しが終わって1万数千冊の在庫を移動してホッとしたところ、何とか日常の作業ができるレベルまで整理が付いていたので、連日の曇り空を味方に付けるため、1ヶ月ぶりに岐阜遠征に行ってきました。

ターゲットは、美濃太田車両区(海ミオ)で唯一撮り逃した1区分1両のキハ40形5500番代、キハ44 5501 です。

ただ、この1両のために時間とお金を使うのはもったいないので、ダイヤ改正絡みで地味に登場したキハ75形のいくつかの派生区分、そして気が付けば登場してから20年も経ったキハ85の先行量産車に相当する1次車、これらの車両も絡めていつものように車中泊で行ってきました。

 
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キハ75形は快速「みえ」用として1993(平成5)年から1999(平成11)年にかけて製造された形式で、3種類の2両編成が合計20本(40両)が製造されました。

近鉄名古屋線と競合する線区で使用される快速列車専用の車両ですので、オール転換クロスシートの豪華仕様なのはすべてのキハ75形に共通しています。

1次車で非ワンマンのキハ75形0番代(鳥羽・新宮方)と100番代(名古屋方)は現在も快速「みえ」で運用されていますが、2次車のうち非ワンマンのキハ75形200番代(鳥羽・新宮・下呂・多治見方)と300番代(名古屋・岐阜方)は2両編成2本を残してその他の車両は名古屋車両区(海ナコ)から海ミオに転属し、ワンマン化対応車のキハ75形400番代(下呂・多治見方)と500番代(岐阜方)はすべて海ミオに転属してキハ11形やキハ40系の置き替えに転用されました。

 
この転用劇で追い出されるキハ40系を先月までは一生懸命撮影していましたが、こんどは高山本線・太多線にやってきたキハ75形に新たな動きがあったのでした。

もともとワンマン対応であったキハ75形400・500番代が3400・3500番代に改番され、海ミオに転属後も非ワンマンのままであった一部のキハ75形200・300番代がキハ75形1200・1300番代に改番されたのです。

高山本線・太多線への転用を見越してキハ75形200・300番代をワンマン対応に改造したキハ75形3200・3300番代も海ミオに配置されているので、キハ75形は313系に負けず劣らずの多区分形式に。

 
この転用劇でキハ75形1200・1300番代が登場したのが耐寒耐雪構造への改造なのかどうかは、鉄道雑誌等で扱われるまでは分かりませんが、いずれにしても海ミオ界隈は区分がゴチャゴチャになったため趣味的には面白い状況になっています。

瞬間的なことなのかも知れませんが、キハ75形は総勢40両足らずなのに 0・100・200・300・400・500・1300・1400・3200・3300・3400・3500番代が存在していますからね。

 
今回はこの混沌としたキハ75形の中から数日前から運用に入ったキハ75形1300番代の形式写真をアップしたいと思います。

こういう地味な改造や改番は施工されてもプレス発表がないのでなかなか形式写真が公になりませんので、こういう写真は恐らく本邦初公開となるでしょう。

 
キハ75-1303

キハ75-1303(海ミオ)  2015年4月7日 美濃太田駅

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キハ75形は2両固定編成ではなくて1両ずつバラで運用できるので、今回の写真のように【キハ75-305 + キハ75-205】の岐阜方に キハ75-1303 が増結されて3両編成で朝夕の通学ラッシュに対応した列車で使用されています。

3両編成は非ワンマン列車限定ですので、近いうちにキハ75形200・300番代は連結されなくなってキハ75形1200・1300番代に整理されるかも知れません。

 
ほんの1ヶ月前まではキハ11形が走っていたとは思ないほど車両が豪華になりました。



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JR東海の寒地向け軽快気動車(キハ11-113)

昨日(2/13)は野球で言えば変化球のような車両を採り上げましたので、今回は直球の車両をアップします。

JR東海が民営化直後に高山本線用として製造した18m級の軽快気動車のキハ11形100番代、美濃太田車両区(海ミオ)の キハ11-113 です。

 
キハ11-113

キハ11-113(海ミオ)  2015年2月13日 美濃太田駅

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キハ11形100番代は、1989(平成元)年に新潟鐵工所とJR東海名古屋工場で23両が製造された寒地向けのグループです。

基本構造は伊勢車両区(海イセ)に配置された0番代と同じですが、笛シャッターの取り付けやドア付近の保温対策などが施されています。

また、バックミラーへの着雪対策として海ミオの100番代には運転士側(2・3位側)のミラーにカバーが取り付けられており、助士側(1・4位側)が車体前面に移設されている。なお、海イセ配置車は助士側の取り付け位置が車体側面のままになっています。

 
キハ11形0・100・200番代に共通する仕様として、製造コストの削減のためにトイレが省略されており、営業運転でキハ40系などの他形式と連結できないので単独運用が組まれています。
そのため、閑散地区での長距離運転に使用できないので、海ミオ配置車は高山に入る運用には就いてません。

 
キハ11形100番代は全車とも海ミオに新製配置されましたが、1989(平成元)年度に キハ11-107〜112 の6両が海イセに転属したため、現在は残りの17両が高山本線岐阜口と太多線で使用されています。



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JRマークが貼付されている東海交通事業のキハ11形(キハ11-203)

この3月に高山本線のキハ40系のほとんどが淘汰されます。

すでに新形気動車キハ25形(2次車)が美濃太田車両区(海ミオ)に新製配置され、昨年12月からキハ25形の運用が開始され、すでに余剰となった車両が廃車回送されました。

 
3月1日の武豊線電化で余剰となるキハ25形(1次車)と快速「みえ」の減車によって捻出されたキハ75形が、3月ダイヤ改正から海ミオで使用開始される予定です。

まだ、この時点でキハ40系がすべて置き替えられるのではありませんが、JR東海のダイヤ改正発表資料によると“高山線の岐阜〜美濃太田間は約8割の定期列車が、キハ25形もしくはキハ75形気動車になります”と書かれているので、列車本数の多い区間はほとんど新形車両に置き換わることになります。

しかも、淘汰されるのはキハ40系だけでなく、分割民営化直後に製造されたキハ11形も置き替えられることが明記されました。

 
車齢25年ちょっとのキハ11形がキハ40系とともに淘汰されるということなのです。

もう1ヶ月前の発表でしたが、驚きました。

 
キハ11形は投入線区と仕様により0・100・300番代に分かれています。

昨年までまったく撮影機会に恵まれなかった形式でしたが、一身田遠征のときに伊勢車両区(海イセ)の暖地向けの0番代ステンレス製車体の300番代が撮れたので一安心したばっかりでした。

あとは、寒地向けの100番代だけ… これが撮れればキハ11形は一通りの区分は押さえたことになります。

と思っていたら、実はこれ以外にも東海交通事業という城北線(勝川〜枇杷島間)を運営している会社が保有している200番代(キハ11-203・204)が海ミオに配置されているのを思い出しました。

 
東海交通事業(TKJ)

東海交通事業の社章

 

基本的に私鉄車両は追いかけていないので、本来ならスルーして、その熱意をほかの車両の撮影に傾けたいところですが、キハ11-203・204 はJR東海のキハ11形100番代と同じ外観をしているのです。

しかも、車体塗色だけでなく、正面などに“JRマーク”まで貼ってあるらしいのです。

となると、記録のために撮っておきたくなるのが人情です。

 
ということで、一昨日(2/13)の美濃太田遠征は、今まで通りにキハ40系だけを狙うのではなく、東海交通事業の キハ11-203・204 も撮影対象に入れることにしました。

 
一昨日は曇り予報だったので夜通しの運転で現地に向かいましたが、現地は“晴れときどき雪、たまに吹雪”という最悪の状況でした。

8時間以上も美濃太田駅に滞在したのに、撮れたのは数両だけ。しかも、キハ40系が停車していたときは運悪く吹雪…

でも、キハ11形が駅ホームに入ってくるときは曇ることが多いという、消化不良の遠征でした。

 
キハ11-203

キハ11-203(海ミオ)  2015年2月13日 美濃太田駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

海ミオにはキハ11形100番代が17両配置されていますが、このほかに東海交通事業からの借り入れ車で200番代の キハ11-203・204 が配置されています。

東海交通事業のキハ11形200番代はJR東海のキハ11形100番代とまったく共通で運用されているので、この2両を撮るとなると2/19の確率になります。

しかも、美濃太田駅は富山方に車両が連結されると駅舎下に入ってしまうため撮影ができません。

このように撮影確率の低い車両を追いかける場合は運用表が必須になりますが、世の中は国鉄形車両ブームの真っ直中。

キハ40系を追いかけるための運用情報はあっても、民営化以降に生まれたキハ11形の情報はありません。

そうなると、キハ11形200番代が撮れるかどうかは運次第。

 
いつもなら、こういうときは運悪く撮影できないで終わることが多いですが、今回はたまたま キハ11-203 が曇っているときに2番線に入ってくれました。

 
順光できれいに撮れる3番線に キハ11-203 と キハ11-204 が止まってくれることもありましたが、カメラの背後にあるホテルの影が邪魔な時間帯で、しかも晴れてしまったので、こちらはダメでした。乗客を降ろしたあとの信号待ちだったので、スローシャッターにはいい条件だったのですが…

その代わりに、先頭部側面の2位側に取り付けてある銘板だけを撮影し、東海交通事業が所有している車両であることの証しを記録。

さらに車内を観察し、JR東海所属車と貼られているポスター類が同じであることも確認。

正面のJRマークも含め、銘板以外はすべてがJR東海仕様になっていることをこの目で確認しました。

 
キハ11-204の銘板

キハ11-204 の銘板

 

なお、東海交通事業(TKJ)はJR東海が100%出資している完全子会社で、JR東海管轄の駅業務などを担っている会社です。

TKJのキハ11形は1993(平成5)年の城北線尾張星の宮〜枇杷島間の延伸開業時に投入された車両で、JR東海の18m級軽快気動車のキハ11形100番代と同形態のものが4両だけ製造されました。

 
このうち城北線専用の キハ11 201・202 は車体が同線専用塗色となっており、ドアのステップが廃止されています。

しかし、キハ11 203・204 は城北線の線路使用料相殺のためにJR東海の海ミオに貸し出されているJR東海仕様車なので、高山本線・太多線の新形車両化後に2両とも城北線に転用するということにはならないと思います。

高山本線・太多線がキハ25形とキハ75形の形式だけになるとき、キハ11 203・204 はどうなるのでしょうか?

この2両の去就が気になるところです。



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