筑豊本線で活躍していたオール転換クロスシート車のキハ31形(キハ31 8)

この週末のダイヤ改正で三角線のキハ31形は引退し、これによりキハ31形の定期運用は消滅しました。

滞泊運用があった関係で最後の運転はダイヤ改正当日の3/16(土)までズレ込んだようですが、キハ31形の運用はすべてキハ47形に置き替えられたようです。

 
読売新聞によると、現存のキハ31形はすべて3月中に廃車とのことですので、三角線で使用されていた熊本車両センター(熊クマ)の6両だけでなく、小倉総合車両センターへの伴走車として残っていた直方車両センター(本チク)の2両も引退となるようです。

3/23(土)に筑豊本線桂川〜原田間(原田線)で臨時列車によるラストラン(さよなら運転)が運転されるので、この1往復がキハ31形の最後の営業運転となるのでしょうね。

 
こちらでは、キハ31形引退のニュースが発表される直前に キハ31 10 をアップしましたが、同車は座席のほとんどがロングシート化された通勤通学対応車でした。

撮影した2017(平成29)年2月当時、筑豊本線(若松線)にはオール転換クロスシート車も残っており、こちらのタイプも キハ31 10 の直後にドア付近のみ座席を撤去した キハ31 8(本チク)を撮ってましたので、今回は同車をアップしたいと思います。

側窓越しに横引きカーテンが見えるのがオール転換クロスシート車の特徴です。

 
キハ31 8

キハ31 8(本チク)  2017年2月23日 二島駅

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写真の キハ31 8 は国鉄時代の1987(平成62)年2月に新潟鐵工所で落成し、大分運転所(分オイ)に配置されました。

キハ31形は将来のワンマン化に対応できるように出入扉を両端に設けた車内配置でした。

 
キハ31形の平面図

キハ31形の平面図(再掲)

 

分オイ時代の1991(平成3)年10月に小倉工場でワンマン運転対応に改造されましたので、恐らくこのときに出入扉付近の座席が撤去されたと思われます。

立席スペースが増えたので、定員は98名から99名に増えました。なお、ロングシート化された キハ31 10 は111名まで定員が増加しています。

 
キハ31 8(ワンマン対応改造車)の平面図

キハ31 8(ワンマン対応改造車)の平面図

 

写真右側に保護柵が取り付けられた側窓が3つ確認できますが、この部分の座席が撤去されています。
しかし、ロングシートには改装されてませんので、当時の特急用車両みたいな横引きカーテンは存置されました。

豊肥本線大分口などで長らく使用されましたが、赤い車体のキハ220形200番代が新製投入されたため2006(平成18)年8月に筑豊篠栗鉄道事業部(本チク)に転属となり、それ以降はおもに筑豊本線若松〜直方間(若松線)で使用されました。

 
2017(平成29)年3月に若松線が架線式蓄電池電車(DENCHA)のBEC819系に置き替えられたため、キハ31 8 はすぐに小倉総合車両センターに回送され、同年7月に廃車されてしまいました。

 
先輩のキハ40系よりも先の引退ですが、駆動機関(エンジン)は更新されてないですし、トイレも追設されてないので仕方ないでしょうね…

香椎線のDENCHA化で形式消滅となる可能性の高いキハ31形(キハ31 10)

ダイヤ改正を来週に控え引退が近いと予想される形式をアップしたいと思います。

 
香椎線のDENCHA化(BEC819系による置き替え)にともなう車両転配で淘汰される可能性の高いキハ31形です。

写真は筑豊本線(若松線)がDENCHA化される直前に二島駅で撮影した直方車両センター(本チク)の キハ31 10 です。

 
キハ31 10

キハ31 10(本チク)  2017年2月23日 二島駅

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1987(昭和62)年4月の国鉄分割民営化を前に、民営化以降も経営が厳しいと予想されたJR九州の経営基盤整備を目的に新製投入されたのがキハ31形です。

17m級のステンレス製車体に両運転台が設置されており、将来のワンマン運転に備えて出入台を車体の両端に設置しています。

駆動機関(エンジン)はキハ37形のDMF13S(210PS/2,000rpm)を横形(水平シリンダー形)に設計変更したDMF13HS(250PS/2,000rpm)を搭載しました。

 
しかし、コスト削減のため台車は廃車発生品のDT22G(動台車)とTR51E(従台車)。

運転室(乗務員室)は半室構造、乗務員用扉は運転台側のみ、前後の客用扉はバス用の2枚折り戸を採用、トイレは設置なし。

車内の座席は新幹線0系の廃車発生品の転換クロスシートが910mmのピッチで設置されましたが、2+1列の配置で通路用のスペースを考慮したものでした(民営化直後の1988年に増備された キハ31 21〜23 は0系の発生品ではなく新品の転換クロスシートを設置)。

 
ちょっと平面図を描いてみましたが、キハ31形の車内配置はこのような感じでした。

 
キハ31形の平面図

キハ31形の平面図

 

写真の キハ31 10 は国鉄時代の1987(平成62)年2月に落成し唐津運転区(門カラ)に配置されましたが、竹下気動車区(門タケ)への貸出というかたちで香椎線などで使用されました。
国鉄最終日の3月末付で竹下気動車区(門タケ)に転属し、名実ともに香椎線用の車両となりました。

しかし、翌年の1987(昭和63)年3月に長崎運転所(崎サキ)に転属となり、1992(平成4)年7月には大分運転所(分オイ)へと再度転属しました。
この時期はキハ125形やキハ200形の新製投入や快速「シーサイドライナー」(長崎地区)のアコモ改造が行われており、その他の形式についても配置区の集約などが進められていました。

 
キハ31 10 は分オイ時代の1997(平成9)年10月に座席のロングシート化が行われて、2人掛けの転換クロスシートを一部残して大部分のスペースがロングシートに改装されました。

このようなロングシート化改造は地方都市圏輸送でよく見られましたが、キハ31形の場合は車番の変更は行われませんでした。

 

キハ31 10(ロングシート改造車)の平面図

 

ロングシート化改造後もしばらく大分地区で使用されましたが、2006(平成18)年にキハ220形200番代が新製投入されたため、同年8月に筑豊篠栗鉄道事業部(本チク)に転属となりました。

このときの転配でキハ31形の約2/3が本チクに集約され(残りは熊本車両センターの配置)、老朽化したキハ58系が淘汰されたため同系列の稼働車は「TORO-Q」「あそ1962」の3両のみとなりました。

 
各地独自の仕様に改造されていたキハ31形が本チクの配置となったため、若松線や後藤寺線などでは座席のタイプ別に運用が分かれていたようです。

若松線ではキハ47形と共通で運用されていましたが、実際は朝の通勤通学時間帯の増結運用が多く、今回の写真のように跨線橋に掛からないように撮影するためには朝早く現地に行かないと叶わない状況でした。

 
キハ31 10 はこの写真を撮影した2週間後の2017(平成29)年3月に熊本車両センター(熊クマ)に転属し、現在は三角線(熊本〜三角間)で使用されています。

しかし、来週のダイヤ改正(3/16)で香椎線(西戸崎〜宇美間)のキハ40系が架線式蓄電池電車(DENCHA)のBEC819系に置き替えられるので、恐らく余剰となるキハ40系の玉突き転配で熊クマのキハ31形は置き替えられることになるでしょう。

本チクに残っているキハ31形の2両はすでに定期運用から離脱しているので、熊クマの6両が置き替えられると稼働車はいなくなります。

保留車として一部は残るかも知れませんが、そう長くは続かないでしょう。

 
同期のキハ32形(JR四国)とキハ54形(JR北海道・JR四国)はまだまだ現役なので比較されてしまいますが、中古品を多用した低コスト車両の割にはよく頑張った方だと思っています。

元「礼文」用のキハ54形500番代急行仕様車(キハ54 529)

北海道遠征の報告を書くのが遅くなってしまいましたが、今回は撮影2日目(10/11)のことを書きたいと思います。

もう1週間も前のことですね。

 
この日は、

・前日(10/10)に撮れなかった「サロベツ」の1号車キハ183形500番代の撮り直し
・前日に留萌線で目撃した元「礼文」用急行仕様車(キハ54 527〜529)
・のっぺらぼうな785系編成ののっぺらぼう以外の車両
・撮影しようとするたびに天候が乱れていた「オホーツク」のキハ183形1550番代

の4つがターゲット。

 
一昨年から何度も北海道遠征を重ねたので、だいぶ撮影ターゲットがマニアックな車両になってきました。

あれだけバリエーション豊富な721系も未撮影車は快速「エアポート」用の5100・5200番代とモハ720形だけになりましたからね。モハ720形は形式消滅したので、もう撮影は叶いませんが…

あとは旭川(旭アサ)や釧路(釧クシ)のキハ40形とカラー帯が変わった釧クシのキハ54形500番代が撮れれば、JR北海道の車両は一通り押さえたことになります。
あっ、「はこだてライナー」の733系1000番代もありますが、こちらは最近登場した車両なので…

 
この他にも、JR貨物のDF200形やHD300形500番代がありますが、こちらは撮影場所探しから始めないと効率が悪そうなので、他の地域の撮影が終わってからになるでしょう。

 
1992(平成4)年頃にも当時のJR北海道の形式区分をほとんど撮り終えたと思っているので、国鉄時代に形式消滅した車両の写真が手に入れば「国鉄〜JR車両年鑑 北海道編」みたいな本が出せるネタだけは揃いそうです。

 
 * * *

 
撮影2日目(10/11)は札幌地区だけでなく道北以外はだいたい晴れ。

こうなってしまうと遠征自体が失敗で終わる可能性が高かったので、道央周辺で唯一曇り予報が出ていた留萌に向かって元「礼文」用のキハ54形急行仕様車を待つしかないという選択肢のない1日になりました。

キハ54形急行仕様車が留萌線運用に入っているかどうか分からなかったので、深川駅でキハ54形の運用状況をウォッチング。
なんと、運よく キハ54 529 が4番線に入線。

客扱いが終わってからも キハ54 529 は4番線に放置…

こんなにいい条件はない!という状態で キハ54 529 が止まっていたのに、雲が薄く、しかも半逆光。

 
取り敢えず形式写真は撮りましたが、光線具合に納得いかなかったので、キハ54 529 が充当された増毛行きに乗って留萌駅で撮影。

でも、こんどは平日なのにお名残乗車で車内は乗客でいっぱい。

まぁ〜、仕方ないですね…
12月4日に留萌本線留萌~増毛間は廃止ですから。

 
キハ54 529

キハ54 529(旭アサ)  2016年10月11日 留萌駅

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キハ54 529 は急行「礼文」用として1986(昭和61)年に落成した車両です。
当時は大きなヘッドマークを掲出して旭川〜稚内間で使用されていました。

キハ54 529 は急行用車両ということが一目で分かるように、車体側面の幕部に赤帯が巻かれていましたが、今でもこの赤帯が残されています。

キハ54 527〜529 の3両は特別快速「きたみ」の専用車両として生き延びているのかと思っていましたが、他のキハ54形と共通で運用されているようです。
その運用区間の一つが留萌本線で、ちょうど訪れた10/11(火)に キハ54 529 が留萌本線の運用に入っていました。

 

キハ54 529 の転換クロスシート(W-12)

キハ54 529 の転換クロスシート(W-12)

 
元急行用車両の3両は新幹線0系で使用されていた転換クロスシート(W-12)が並ぶ少し豪華な客室でしたが、現在は客室中央部付近の6列のみ転換クロスシートが残ったセミクロスシートの近郊形車両に変わってしまいました。

 

キハ54 529 の客室

キハ54 529 の客室

 
これは、混雑緩和対策工事としてデッキ近くの転換クロスシートが2007(平成19)年にロングシートに変更され、さらに2007(平成19)年5月の留萌本線秩父別駅積み残し事件を受けて2008(平成20)年にも混雑緩和対策工事が施工されたためです。

ロングシートの袖仕切りがたくさんあるのも、ロングシート化工事が2度にわたって行われたためです。

 
雪深いローカル線でも単行で運行できるのがキハ54形の強みですから、デッキ付近の空間をこのように確保するのは仕方ないと思います。

JR北海道のキハ54形は2003〜2006(平成15〜18)年に走行機器類が更新されてますので、しばらくは走り続けるでしょう。

でも、JR北海道のローカル線はどうなってしまうのでしょうか?

ボルスタレス台車に取り替えられたキハ54形500番代(キハ54 509)

今回もゴールデンウィーク中の北海道遠征の成果をアップしたいと思います。

ボルスタレス台車に取り替えられた宗谷北線運輸営業所(旭アサ)のキハ54形500番代、キハ54 509 です。

 
この日は「増毛ノロッコ号」運転日のだったためなのか分かりませんが、留萌本線の列車に増結や発着番線の変更があった関係で、普段は停車しない場所にキハ54形500番代が止まってくれました。

今回の写真は普段どおりの停車位置で撮ったものですが、トイレ側からも形式写真が撮れました。

これからは廃止予定の留萌本線留萌〜増毛間のお名残乗車で賑わうことになるのでしょうか?

 
キハ54 509

キハ54 509(旭アサ)  2016年5月7日 深川駅

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キハ54形は国鉄分割民営化直前の1986(昭和61)年に登場した一般形気動車です。

民営化以降も経営が厳しくなると予想されたJR北海道・JR四国・JR九州(JR三島)の経営基盤整備を目的として、キハ31形とキハ32形とともに各地に投入されました。

キハ54形は四国地区に0番代、北海道に500番代が投入されましたが、投入地域の事情がまったく異なるため、2エンジンの一般形気動車共通の足まわりを備えた21m級ステンレス製車体の両運転台車であることくらいしか共通項はありません。

 
両運転台のキハ24形やキハ40形に類似した車内配置になっていますが、キハ54 501~526 は座席はバケット式のセミクロスシート仕様で、急行「礼文」用として登場した キハ54 527~529 は新幹線用の転換式クロスシート(発生品)を使用していました。

台車は廃車発生品の軸ばねにゴム被覆を施したDT22Fを履いていましたが、2003〜2005(平成15〜17)年の台車取替工事で軸梁式ボルスタレス台車の N-DT54 に交換され、変速機の換装も行われました。

この他に、客室の座席をキハ183系や「海峡」用のオハ50系からの発生品である簡易リクライニングシートや転換クロスシートに交換するなどの後年改造が行われたため、現在はボックスシートのセミクロスシート車は消滅しています。

 
N-DW54 台車(キハ54 511)

キハ54 511 の N-DW54 台車

 

キハ54形500番代は整った窓割りと2エンジンという力強さから落成当初から何度か形式写真を撮っていました。

たまたまスキャン済みのネガが手元にありましたので、DT22系時代のモノクロ写真も参考までにアップしておきます。

 
キハ54 517

キハ54 517(釧クシ)  1993年7月25日 釧路運転所

日本一遅い新幹線「鉄道ホビートレイン」に改造された キハ32 3

今回は遠征2日目(5/24)の話しです。

 

前日(5/23)は寝不足を押し切った強行スケジュールで、1日で1,000kmも走行したので、日暮れには翌朝の撮影地に近い、予土線松丸駅の“森の国ぽっぽ温泉”に移動。

いつもの遠征のように温泉を楽しんでから近所の道の駅で車中泊しました。

 
学生の貧乏旅行に通じる感覚ですが、今回は朝5時過ぎには予土線江川崎駅(高知県四万十市)に向かいたかったので、鉄道移動という選択肢がなかったからです。

駅の周りには何もない僻地ですからね。

でも、天気予報は翌朝まで雨。
去年の遠征のように空振りの可能性が大でしたが、四国入りしてからは天気予報が好転気味でしたので、未明のうちに雨が上がっていると読みました。

 
日頃の行いがよかったのか、翌朝5時過ぎに江川崎駅に着いたら、ホームに“鉄道ホビートレイン”の キハ32 3 と“海洋堂ボビートレイン”の キハ32 4 が並んでいました。

当たり前の光景なのは分かってましたが、昨年の遠征のときは前日の豪雨の影響で着いたら空っぽでしたからね…

感動したので、普段は撮らない駅構内の様子を撮ってしまいました。

 
江川崎駅の早朝

江川崎駅の早朝  2015年5月24日

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

この写真の手前が今回のメインターゲット、“鉄道ホビートレイン”の キハ32 3 です。

 
愛媛県の宇和島と高知県の窪川を結ぶ予土線の利用促進を図るために、「予土線3兄弟」と名付けられる“鉄道ボビートレイン”“海洋堂ボビートレイン”“しまんトロッコ”が運行されています。

このうち、“鉄道ボビートレイン”がJRの常識を一線越えた変わり種の車両で、外観を初代新幹線の0系に似せた車体に改装されているのです。

いつもならこういうネタもの車両には興味持たないのですが、ここまでぶっ飛んだセンスはほかのJRには真似できません。こういう車両は運転終了などであっさり原形に復帰されてしまうことがあるので、早いうちに撮っておこうと。

 

キハ32 3(鉄道ホビートレイン)

鉄道ホビートレイン キハ32 3(四マツ)  2015年5月24日 江川崎駅

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今回はローカル線を活性化させるために改造された“鉄道ボビートレイン” キハ32 3 に興味を持ってもらい、できれば四国まで実際の車両を見に行って乗ってもらいたいという気持ちを込めて、Nikon D800E で撮影した「等倍画像」の形式写真をアップします。

 
撮って出しは恥ずかしいので、レンズ補正済み・レタッチ済み・リサイズなし・最低限のシャープネスを掛けた等倍画像です。
そのため、オリジナルより若干サイズが小さくなっていますが、7,100 × 4,700 px の3,337万画素です。

あと、やや後ピンにして遠い部分の車体標記がボケないようにして撮影していますので、写真としてはイマイチです。その点はご容赦ください。

 

キハ32 3

キハ32 3(20.5MB)

 

※ シャッタースピード:約0.8秒、絞り値:f/11、露光補正量:+0.3EV、ISO感度:100

 
レンズは、いつものように Zeiss の標準レンズ Planar T*1.4/50 を使っています。

描写力のいいレンズですので、“定員 98”という標記や、車内に飾ってある鉄道模型の形式もだいたい分かるのではないでしょうか?

でも、この描写力はこの解像度がギリギリだと思っていますし、撮影時のシャッター幕の振動の影響を排除するのが大変ですので、約5060万画素を誇る Canon EOS 5Ds R
のカメラ性能に負けないレンズがあるのかどうか懐疑的です。

Nikon が推奨しているレンズを使って描写力のなさに落胆したことがありましたのでね…

 
そう思っていますので、しばらくは Nikon D800E を使って全国のJR車両をきれいに記録したいと思っています。

Nikon D800E は販売終了となっているので、現在は Nikon D810 がラインナップされています。

 

 

遠征2日目は、午前7時ごろに八幡浜駅に移動し2000系量産車を撮影し、すぐに松山駅に移動。

松山への移動中から晴れてしまい、8000系電車のリベンジは叶わないと諦めていましたが、なぜか現地に着いた途端に曇り空に。前日に続いて2日目も天気が味方をしてくれました。

でも、神がかった天気はこれまでで、徳島線の阿波加茂駅に移動しましたが、ピーカンになってしまったので「ゆうゆうアンパンマンカー」の キロハ186-2 は撮れず仕舞い。

すぐに徳島駅に向かいましたが、曇りそうな予感がしなかったので、早々と帰宅の途に就きました。

 
2日目も走行距離はだいたい1,000km。

2日間で合計2,000kmの長旅で、撮影時間はわずかの遠征でしたが、リベンジを果たすことができたので大満足でした。

 
江川崎駅を押さえることができたので、こんどはクルマ車中泊の遠征ではなくて鉄道旅で四国を回ることができそうです。