元「礼文」用のキハ54形500番代急行仕様車(キハ54 529)

北海道遠征の報告を書くのが遅くなってしまいましたが、今回は撮影2日目(10/11)のことを書きたいと思います。

もう1週間も前のことですね。

 
この日は、

・前日(10/10)に撮れなかった「サロベツ」の1号車キハ183形500番代の撮り直し
・前日に留萌線で目撃した元「礼文」用急行仕様車(キハ54 527〜529)
・のっぺらぼうな785系編成ののっぺらぼう以外の車両
・撮影しようとするたびに天候が乱れていた「オホーツク」のキハ183形1550番代

の4つがターゲット。

 
一昨年から何度も北海道遠征を重ねたので、だいぶ撮影ターゲットがマニアックな車両になってきました。

あれだけバリエーション豊富な721系も未撮影車は快速「エアポート」用の5100・5200番代とモハ720形だけになりましたからね。モハ720形は形式消滅したので、もう撮影は叶いませんが…

あとは旭川(旭アサ)や釧路(釧クシ)のキハ40形とカラー帯が変わった釧クシのキハ54形500番代が撮れれば、JR北海道の車両は一通り押さえたことになります。
あっ、「はこだてライナー」の733系1000番代もありますが、こちらは最近登場した車両なので…

 
この他にも、JR貨物のDF200形やHD300形500番代がありますが、こちらは撮影場所探しから始めないと効率が悪そうなので、他の地域の撮影が終わってからになるでしょう。

 
1992(平成4)年頃にも当時のJR北海道の形式区分をほとんど撮り終えたと思っているので、国鉄時代に形式消滅した車両の写真が手に入れば「国鉄〜JR車両年鑑 北海道編」みたいな本が出せるネタだけは揃いそうです。

 
 * * *

 
撮影2日目(10/11)は札幌地区だけでなく道北以外はだいたい晴れ。

こうなってしまうと遠征自体が失敗で終わる可能性が高かったので、道央周辺で唯一曇り予報が出ていた留萌に向かって元「礼文」用のキハ54形急行仕様車を待つしかないという選択肢のない1日になりました。

キハ54形急行仕様車が留萌線運用に入っているかどうか分からなかったので、深川駅でキハ54形の運用状況をウォッチング。
なんと、運よく キハ54 529 が4番線に入線。

客扱いが終わってからも キハ54 529 は4番線に放置…

こんなにいい条件はない!という状態で キハ54 529 が止まっていたのに、雲が薄く、しかも半逆光。

 
取り敢えず形式写真は撮りましたが、光線具合に納得いかなかったので、キハ54 529 が充当された増毛行きに乗って留萌駅で撮影。

でも、こんどは平日なのにお名残乗車で車内は乗客でいっぱい。

まぁ〜、仕方ないですね…
12月4日に留萌本線留萌~増毛間は廃止ですから。

 
キハ54 529

キハ54 529(旭アサ)  2016年10月11日 留萌駅

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キハ54 529 は急行「礼文」用として1986(昭和61)年に落成した車両です。
当時は大きなヘッドマークを掲出して旭川〜稚内間で使用されていました。

キハ54 529 は急行用車両ということが一目で分かるように、車体側面の幕部に赤帯が巻かれていましたが、今でもこの赤帯が残されています。

キハ54 527〜529 の3両は特別快速「きたみ」の専用車両として生き延びているのかと思っていましたが、他のキハ54形と共通で運用されているようです。
その運用区間の一つが留萌本線で、ちょうど訪れた10/11(火)に キハ54 529 が留萌本線の運用に入っていました。

 

キハ54 529 の転換クロスシート(W-12)

キハ54 529 の転換クロスシート(W-12)

 
元急行用車両の3両は新幹線0系で使用されていた転換クロスシート(W-12)が並ぶ少し豪華な客室でしたが、現在は客室中央部付近の6列のみ転換クロスシートが残ったセミクロスシートの近郊形車両に変わってしまいました。

 

キハ54 529 の客室

キハ54 529 の客室

 
これは、混雑緩和対策工事としてデッキ近くの転換クロスシートが2007(平成19)年にロングシートに変更され、さらに2007(平成19)年5月の留萌本線秩父別駅積み残し事件を受けて2008(平成20)年にも混雑緩和対策工事が施工されたためです。

ロングシートの袖仕切りがたくさんあるのも、ロングシート化工事が2度にわたって行われたためです。

 
雪深いローカル線でも単行で運行できるのがキハ54形の強みですから、デッキ付近の空間をこのように確保するのは仕方ないと思います。

JR北海道のキハ54形は2003〜2006(平成15〜18)年に走行機器類が更新されてますので、しばらくは走り続けるでしょう。

でも、JR北海道のローカル線はどうなってしまうのでしょうか?



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ボルスタレス台車に取り替えられたキハ54形500番代(キハ54 509)

今回もゴールデンウィーク中の北海道遠征の成果をアップしたいと思います。

ボルスタレス台車に取り替えられた宗谷北線運輸営業所(旭アサ)のキハ54形500番代、キハ54 509 です。

 
この日は「増毛ノロッコ号」運転日のだったためなのか分かりませんが、留萌本線の列車に増結や発着番線の変更があった関係で、普段は停車しない場所にキハ54形500番代が止まってくれました。

今回の写真は普段どおりの停車位置で撮ったものですが、トイレ側からも形式写真が撮れました。

これからは廃止予定の留萌本線留萌〜増毛間のお名残乗車で賑わうことになるのでしょうか?

 
キハ54 509

キハ54 509(旭アサ)  2016年5月7日 深川駅

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キハ54形は国鉄分割民営化直前の1986(昭和61)年に登場した一般形気動車です。

民営化以降も経営が厳しくなると予想されたJR北海道・JR四国・JR九州(JR三島)の経営基盤整備を目的として、キハ31形とキハ32形とともに各地に投入されました。

キハ54形は四国地区に0番代、北海道に500番代が投入されましたが、投入地域の事情がまったく異なるため、2エンジンの一般形気動車共通の足まわりを備えた21m級ステンレス製車体の両運転台車であることくらいしか共通項はありません。

 
両運転台のキハ24形やキハ40形に類似した車内配置になっていますが、キハ54 501~526 は座席はバケット式のセミクロスシート仕様で、急行「礼文」用として登場した キハ54 527~529 は新幹線用の転換式クロスシート(発生品)を使用していました。

台車は廃車発生品の軸ばねにゴム被覆を施したDT22Fを履いていましたが、2003〜2005(平成15〜17)年の台車取替工事で軸梁式ボルスタレス台車の N-DT54 に交換され、変速機の換装も行われました。

この他に、客室の座席をキハ183系や「海峡」用のオハ50系からの発生品である簡易リクライニングシートや転換クロスシートに交換するなどの後年改造が行われたため、現在はボックスシートのセミクロスシート車は消滅しています。

 
N-DW54 台車(キハ54 511)

キハ54 511 の N-DW54 台車

 

キハ54形500番代は整った窓割りと2エンジンという力強さから落成当初から何度か形式写真を撮っていました。

たまたまスキャン済みのネガが手元にありましたので、DT22系時代のモノクロ写真も参考までにアップしておきます。

 
キハ54 517

キハ54 517(釧クシ)  1993年7月25日 釧路運転所



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日本一遅い新幹線「鉄道ホビートレイン」に改造された キハ32 3

今回は遠征2日目(5/24)の話しです。

 

前日(5/23)は寝不足を押し切った強行スケジュールで、1日で1,000kmも走行したので、日暮れには翌朝の撮影地に近い、予土線松丸駅の“森の国ぽっぽ温泉”に移動。

いつもの遠征のように温泉を楽しんでから近所の道の駅で車中泊しました。

 
学生の貧乏旅行に通じる感覚ですが、今回は朝5時過ぎには予土線江川崎駅(高知県四万十市)に向かいたかったので、鉄道移動という選択肢がなかったからです。

駅の周りには何もない僻地ですからね。

でも、天気予報は翌朝まで雨。
去年の遠征のように空振りの可能性が大でしたが、四国入りしてからは天気予報が好転気味でしたので、未明のうちに雨が上がっていると読みました。

 
日頃の行いがよかったのか、翌朝5時過ぎに江川崎駅に着いたら、ホームに“鉄道ホビートレイン”の キハ32 3 と“海洋堂ボビートレイン”の キハ32 4 が並んでいました。

当たり前の光景なのは分かってましたが、昨年の遠征のときは前日の豪雨の影響で着いたら空っぽでしたからね…

感動したので、普段は撮らない駅構内の様子を撮ってしまいました。

 
江川崎駅の早朝

江川崎駅の早朝  2015年5月24日

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この写真の手前が今回のメインターゲット、“鉄道ホビートレイン”の キハ32 3 です。

 
愛媛県の宇和島と高知県の窪川を結ぶ予土線の利用促進を図るために、「予土線3兄弟」と名付けられる“鉄道ボビートレイン”“海洋堂ボビートレイン”“しまんトロッコ”が運行されています。

このうち、“鉄道ボビートレイン”がJRの常識を一線越えた変わり種の車両で、外観を初代新幹線の0系に似せた車体に改装されているのです。

いつもならこういうネタもの車両には興味持たないのですが、ここまでぶっ飛んだセンスはほかのJRには真似できません。こういう車両は運転終了などであっさり原形に復帰されてしまうことがあるので、早いうちに撮っておこうと。

 

キハ32 3(鉄道ホビートレイン)

鉄道ホビートレイン キハ32 3(四マツ)  2015年5月24日 江川崎駅

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今回はローカル線を活性化させるために改造された“鉄道ボビートレイン” キハ32 3 に興味を持ってもらい、できれば四国まで実際の車両を見に行って乗ってもらいたいという気持ちを込めて、Nikon D800E で撮影した「等倍画像」の形式写真をアップします。

 
撮って出しは恥ずかしいので、レンズ補正済み・レタッチ済み・リサイズなし・最低限のシャープネスを掛けた等倍画像です。
そのため、オリジナルより若干サイズが小さくなっていますが、7,100 × 4,700 px の3,337万画素です。

あと、やや後ピンにして遠い部分の車体標記がボケないようにして撮影していますので、写真としてはイマイチです。その点はご容赦ください。

 

キハ32 3

キハ32 3(20.5MB)

 

※ シャッタースピード:約0.8秒、絞り値:f/11、露光補正量:+0.3EV、ISO感度:100

 
レンズは、いつものように Zeiss の標準レンズ Planar T*1.4/50 を使っています。

描写力のいいレンズですので、“定員 98”という標記や、車内に飾ってある鉄道模型の形式もだいたい分かるのではないでしょうか?

でも、この描写力はこの解像度がギリギリだと思っていますし、撮影時のシャッター幕の振動の影響を排除するのが大変ですので、約5060万画素を誇る Canon EOS 5Ds R
のカメラ性能に負けないレンズがあるのかどうか懐疑的です。

Nikon が推奨しているレンズを使って描写力のなさに落胆したことがありましたのでね…

 
そう思っていますので、しばらくは Nikon D800E を使って全国のJR車両をきれいに記録したいと思っています。

Nikon D800E は販売終了となっているので、現在は Nikon D810 がラインナップされています。

 

 

遠征2日目は、午前7時ごろに八幡浜駅に移動し2000系量産車を撮影し、すぐに松山駅に移動。

松山への移動中から晴れてしまい、8000系電車のリベンジは叶わないと諦めていましたが、なぜか現地に着いた途端に曇り空に。前日に続いて2日目も天気が味方をしてくれました。

でも、神がかった天気はこれまでで、徳島線の阿波加茂駅に移動しましたが、ピーカンになってしまったので「ゆうゆうアンパンマンカー」の キロハ186-2 は撮れず仕舞い。

すぐに徳島駅に向かいましたが、曇りそうな予感がしなかったので、早々と帰宅の途に就きました。

 
2日目も走行距離はだいたい1,000km。

2日間で合計2,000kmの長旅で、撮影時間はわずかの遠征でしたが、リベンジを果たすことができたので大満足でした。

 
江川崎駅を押さえることができたので、こんどはクルマ車中泊の遠征ではなくて鉄道旅で四国を回ることができそうです。



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八高線のキハ110形200番代(キハ110-210)

八高線(八王子~高崎間)が全線開通して今年で80周年を迎えることから、「八高線全線開通80周年記念」イベントがいくつか行われることがJR東日本八王子・高崎支社から発表されました。

その中に、通称八高北線と呼ばれる非電化区間の高麗川〜高崎間を走るキハ110系の2両編成1本をキハ38形風の塗色に塗り替えるというものがあります。

 
基本的にはこういった塗色変更には付き合わないようにしていますが、父の勤め先が北八王子駅にあった関係で全線非電化時代の八高線に思い出がありますし、キハ38形は落成時から知っている形式でもあるので、こんな塗色のキハ110系が走っていたという記録を残してもいいのではと思っています。

 
八高線時代のキハ38形はこんな感じでした。

 
キハ38 3

キハ38 3(高タカ)  1988年1月5日 八王子駅

 

すでに、八高線時代のキハ38形風の塗色に変更したキハ111形が郡山総合車両センターで目撃されていますので、準備は整いつつあります。

発表によれば10月中旬から運行されるようなので、高崎駅の3番線ホームが少しにぎやかになるのかも知れません。

 
ここでは下のような構図でお気軽に撮影できるので、キハ38形風塗色のキハ111形200番代を記録することができます。
でも、ペアを組むキハ112形200番代をどこで撮るか?という問題は棚上げにしておきます。

 
キハ110-210

キハ110-210(高タカ)  2014年8月31日 高崎駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

今回は両運転台のキハ110形200番代の キハ110-210 をアップしましたが、キハ38形風に塗り替えられるのは キハ111形200番代とキハ112形200番代の2両編成です。

両運転台車のキハ110形は通勤通学時を中心に運用されているので、カーテンが閉まっていない状態で撮影するのが困難な車両です。
少しでも沿線で太陽が出てしまうと、今回の写真のように一部のカーテンが閉まった残念な写真になってしまいます。このときも埼玉県内は晴れていたので、キハ110形のきれいな写真は撮れませんでした。



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“しまんトロッコ”の牽引用気動車(キハ54 4)

今回で中国・四国遠征の報告が終わります、最終日の6/7(土)の話しです。

 
前日の6/6(金)はお昼過ぎから晴れてしまい、今回のメインターゲットの2000系試作車(TSE)が撮れる時間帯になったらピーカンで撃沈でした。

そのリベンジのため最終日は朝から八幡浜駅に向かい、前日に撮れなかった車両を少し撮影。

そして、TSEの特急「宇和海1号」で中間車の 2201 を撮影。

その2時間後くらいに折り返しの特急「宇和海4号」で先頭車の 2001 を撮影!のつもりでしたが、なんとこの日は 2001 ではなく量産車の 2114 が先頭でした。

「宇和海1号」のときに最後尾をチェックするのを忘れたため、車両の差し替えがあったことに気付かず、2114 を待っていたというわけ。

 
その直後からあっという間に雲がなくなりピーカン。

すぐに松山駅に移動して駅ホームから8000系電車を撮影するために入場したが、車内の清掃のためドア開。
このまま待っていても仕方ないので、阿波池田(徳島県三好市)や阿波加茂駅(徳島県三好郡東みよし町)に向かうために松山自動車道を東に進みましたが、時間が経つにつれて徳島県全域が晴れの天気に変わってしまったので、徳島自動車道には向かわずに、高松自動車道 → 瀬戸中央自動車道(瀬戸大橋) → 岡山自動車道 → 中国自動車道 と北上し、新見駅へ。

 
地図で見ると、かんな感じ。

四国内のJR車両をたくさん撮りたかったのですが…

 
移動経路

 

新見駅に着いたときは曇っていたのですが、徐々に雲が切れて晴れてきそうだったので、長居は無用ということで新見駅は構内のロケハンだけ。

こんどは、岡山地区の帯色のキハ120形300番代が撮れるのでは?と思い、急遽、津山駅に移動。

 
残念ながら津山市街に着くとこんどはゲリラ豪雨が降り始める直前で、空は真っ黒。

駅ホームにキハ120形300番代はいたのですが、かなり空が暗く、車内の方が明るい状態だったので、取り敢えず撮りましたが写真としてはダメダメ。

 
この日(6/6)の天気予報は中国・四国地方ともに曇りときどき雨でしたが、気持ちよく写真が撮れたのは八幡浜駅での朝6時から8時過ぎまでの約2時間だけ。

 
津山駅を離れた当初は次の撮影地に向かっていましたが、もう遠征の疲れがピークに達していたので、もう1日留まる予定を切り上げて帰ることにしました。

天気予報があてにならない状況下、次の撮影地がどこになるのか決められないようでは予定が立てられない苦痛というのは結構なもので、中国自動車道の山崎I.C.を過ぎた辺りで決心し、そのまま神奈川まで帰ることを決めました。

 

今回の遠征は現地5日間でしたが、四国の2日間の成果がほとんどないまま終わりました。

現役も残りわずかと思われる2000系試作車(TSE)が、3両のうち1両しか撮れなかったのがイタイです。
そう簡単に撮り直しに行けない場所の車両ですからね。

この3両が上手く撮れていれば、もう少し満足感があったのかも知れないですが…

6/5(木)に四国全域で記録的豪雨があったということを、もう少し考慮に入れて撮影日程を考えていればと後悔しています。

 
何日も掛けて書きましたが、中国・四国遠征の報告は以上でお仕舞いです。

 
 * * *

 
前回は江川崎駅で撮影した“普通のキハ32形”をアップしましたが、予土線には「予土線3兄弟」と呼ばれる“しまんトロッコ(長男)”“海洋堂ホビートレイン(次男)”“鉄道ホビートレイン(三男)”のイベント列車が走っています。

今回の遠征では、新幹線顔の“鉄道ホビートレイン”仕様の キハ32 3 を撮りに行って空振りしましたが、長男にあたる“しまんトロッコ”を牽引する キハ54 4(四マツ)については予土線以外にも一般の運用にも入っているので、下のような写真が撮れました。

「しまんトロッコ号」はトラ45000形無蓋貨車(トラ152462)を連結した列車で、運行するには牽引用気動車が必要なので、駆動機関(エンジン)を2基搭載したキハ54形0番代の キハ54 4 がその任に当たっています。

 
キハ54 4

キハ54 4(四マツ)  2014年6月6日 江川崎駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

国鉄初のトロッコ列車として1984(昭和59)年に「清流しまんと号」が運行開始されましたが、昨年(2013年)8月31日で運行が終了しました。
その後、水戸岡鋭治氏のデザインによりリニューアルをした「しまんトロッコ」が落成し、昨年10月5日から運行が開始されました。

 
水戸岡鋭治氏はJR九州の特急列車、九州新幹線や豪華観光列車「ななつ星 in 九州」のデザインを担当されました。
同氏が手掛けたJR九州の車両は格好いいし、このようにデザインで鉄道車両が注目されるのはいいことだと思うのですが、全国各地で水戸岡デザインが採用され続けているので、没個性になっているような気がしています。

ただ、一般乗客は全国の車両を見ているのではないので、ちょっと気にしすぎかな?とも感じています…

 
でも、「しまんトロッコ」は“鮮やかな色合いの単色の塗りつぶし”に“アルファベットのロゴ”。
典型的な水戸岡デザイン。

“JR九州を走るトロッコ列車”を連想させるような安易なデザインはいただけないですね。
もう少しヒネリがあってもよかったのでは?

 
でも、「予土線3兄弟」の1両なら、3つあるうちの1つなので大丈夫かな?と、駅のポスターを見て安心しました。



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