姫新線の冬の風物詩 ダブルパンタのクモハ103形(クモハ103-3503)

昨年(2018年)10月過ぎから地道に遠征を重ねていましたが、前々回にも書いたとおりお天気に嫌われることが多く、単に過酷な長距離ドライブを楽しんできた、みたいな遠征ばかりでした。

列伝シリーズ04 雷鳥&サンダーバード列伝」に681・683系の形式写真を掲載するにあたっても、リフレッシュ工事後の塗色変更後の写真が手元になったので、敦賀・武生の両駅に何度か通ったのですが、いつも晴れか雨。

なかなか天気予報どおり曇ってくれませんでした。

 
JR西日本エリアに着いたら晴れていた、なんてことで遠征を無駄にできないので、いつも予備のプランをいくつも考えています。

先月も米原にクルマを駐めて敦賀に向かうつもりでしたが、朝方になったら雨予報に変わってしまったので、急遽、目的地を和歌山に変更。

105系(ヒネSP編成)のクモハ105形500番代(ダブルパンタグラフ改造車)を撮りに行きましたが、予報より早めに雨が降ってしまったので撮れたのは223系0・100番代の中間車だけ。

 
“冬の関西1デイパス”の自由周遊区間をフル活用して、こんどは姫路に移動。

そして、以前訪れたときに撮れなかった播但線のクモハ103形3500番代を撮ることにしました。

姫路に着いた途端に晴れてきたり、そのうち雨が降ってくるなど不安定な天気でしたが、いい具合に薄曇ったときにダブルパンタグラフ改造車の クモハ103-3503(近ホシ)が撮れました。

 
先月(2019年1月)の遠征は、681・683系のリフレッシュ工事施工車も、クモハ105形500番代のダブルパンタグラフ改造車も撮れませんでした。
でも、わずか2両しか存在しないクモハ103形3500番代のダブルパンタグラフ改造車が撮影できたのですから、渋いながらも十分な成果のあった遠征だったと言えるでしょう。

欲を出したら切りがないですからね…

 
ということで、今回は網干総合車両所(近ホシ)に配置されている播但線色のダブルパンタグラフ改造車、クモハ103-3503 をアップしたいと思います。

 
クモハ103-3503

クモハ103-3503(近ホシ)  2019年1月12日 姫路駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

写真の クモハ103-3503 の種車は クモハ103-2509 です。

クモハ103-2509 は、1989(昭和64)年1月に片町線(学研都市線)の分割併合運転用として モハ103-485 を先頭車化した クモハ103-5010 が種車で、1994(平成6)年10月に自動連解結装置を撤去して2500番代に改番されました。

ですから、モハ103-485 → クモハ103-5010 → クモハ103-2509 → クモハ103-3503 と3回も改造されたことになります。

 
かなりの強者のように見えますが、播但線用のクモハ103形3500番代の9両はすべてこのような経緯を辿っています。

さらに、クモハ103-3503・3509 の2両については2014(平成26)年度に霜切り用のパンタグラフが前位側に取り付けられました。

 
霜切りパンタは冬季のみしか使用されませんので、このような凜々しい姿が見られるのはこの時期だけです。

 
加古川線用のクモハ103形3550番代にもダブルパンタグラフ改造車が3両いますが、こちらは撮影場所が思い当たらないので地元の鉄道ファンにお任せしたいと思います。

もうすぐ置き替え予定の奈良線の103系0番代(クハ103-252)

奈良・和歌山遠征の2日目(4/25)の続きの話しです。

 
この日は奈良線長池駅に長時間滞在することになったので、205系1000番代だけでなく103系(0番代)についてもここで可能な限り撮ることにしました。

大阪環状線、阪和線と103系の牙城が崩され、最後に残った103系の路線ですからね〜

 
首都圏ではATC付きの高運転台車が多かったので、1973(昭和48)年製の初期の新製冷房車はあまり馴染みがありませんが、関西地区に来てこのタイプを見ると今でもワクワクします。

吹田総合車両所奈良支所(近ナラ)で稼働可能な103系は4両編成5本だけですから、どれが撮れても嬉しいことには変わりありません。

でも、“ブタ鼻”と呼ばれるシールドビーム改造車だけはブサイクなので好きになれないです…

 
ということで、今回は最後まで奈良線で活躍する標準的な1973(昭和48)年製の新製冷房車、クハ103-252(近ナラ)をアップしたいと思います。

延命N40工事が施工されているので、側窓のサッシが黒色のものに交換されています。それ以外に後年改造で前面のガラスと運行番号表示器、行先表示器がHゴム式から金属押さえに更新されています。

 
クハ103-252

クハ103-252(近ナラ)  2018年4月25日 長池駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

阪和線を走っていた205系0番代の6両編成4本が近ナラに転属すると予想されています。

近ナラに転属した205系1000番代のトップナンバー編成がNE405編成を名乗っていることから、205系0番代は中間車が外されて4連化されるでしょう。

となると、103系の活躍はそれまでかな…

 
今回、長池への移動は103系でしたが、これで103系0番代とお別れかなぁ〜、と思って乗車しました。

 
横浜線時代にかなりお世話になった103系。

もう飽きるほど乗った103系なので名残惜しい気持ちはありませんが、こんど奈良線から撤退したら残りは加古川線と播但線、筑肥線だけです。

歴史は繰り返されてます。旧形国電の末期とは電化区間が異なるので活躍路線は異なりますが、短編成がピンポイントで残るなんて、かつての旧形国電のような存在になっています。

とは言え、2〜3両編成の103系なら次の元号に移っても、しばらく見られるでしょうね…

 
こんどは、加古川線と播但線の先頭車化改造車を撮りたいと思っていますが、形式写真の撮影に不向きな路線なので、先ずは撮影地探しから始めようと思います。

播但線用のクモハ103形3500番代(クモハ103-3506)

この春は関西への遠征を強化していて何度か22X系を撮りに出掛けてました。

こちらでの報告は1回だけですが、先頭車への転落防止ホロの取り付けが進んでいるので、少々焦りを募らせながらも地道に撮ってました。

 
一方、引退が見えてきたJR西日本の103系についてはやや放置。

中判カメラ時代はもとよりデジタル一眼レフカメラに切り替えてからも撮り直しはせず…

 
そもそも103系は長らく撮影対象外。

ここまで撮ってないと意地でも撮らないと決めてもいいのですが、ここ10年ぐらいは撮影対象にこだわりを持たないことに決めていたので、阪和線に225系5100番代が投入される直前に撮りに行ってもいいかなぁ、と10日ほど前の6/28(火)に上野芝まで遠征してました。

 
残念ながら当日は予報よりも悪化して堺地区は雨。

しかも、雨雲レーダーに映らないのに看過できないほど強く降る霧雨。

完敗…

 
読書をしながら時間を潰しましたが、このまま長時間滞在しても撮れる気がしなかったので、昼過ぎに上野芝を発って姫路に移動。

そして、以前から気になっていた播但線の103系3500番代を撮ることにしました。

途中、神戸の辺りで晴れるなど不安定な天気でしたが、姫路はいい具合に曇り空。

これで成果なしからは免れました。

 
 * * *

 
今回は先日の関西遠征で唯一の成果となった播但線用のクモハ103形3500番代、クモハ103-3506(近ホシ)をアップしたいと思います。

 
クモハ103-3506

クモハ103-3506(近ホシ)  2016年6月28日 姫路駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

播但線の電化区間(姫路〜寺前間)はほとんどが103系3500番代で運用されています。

すべてが先頭車化改造車となっている103系3500番代は網干総合車両所(近ホシ)に配置されており、2両編成という最短の編成が組まれています。

 
写真の クモハ103-3506 はオリジナルのクモハ103形に体質改善工事を施したように見えますが、元を辿るとこの車両は中間車の モハ103-729 です。

1989(平成元)年4月に片町線用として先頭車化されて自動解結装置付きの クモハ103-5013 となり、JR東西線開業前に奈良へと転属となり、1994(平成6)年6月に自動解結装置が撤去されて クモハ103-2512 となりました。

クモハ103-2512 とユニットを組んでいた モハ102-885 の先頭車化改造に合わせて当車にも体質改善工事が施工されたので、1997(平成9)年12月に クモハ103-3506 に改番されました。

 
関西地区の103系の転用劇を物語るような改造遍歴を持つ車両ですが、当面は大阪環状線と阪和線の103・201系の置き替えが優先されるので、播但線ではもうしばらく103系の活躍が見られそうです。

岡山地区を走ったスカイブルーのクハ103形0番代(クハ103-30)

今朝から中学生の長男が京都・奈良へ修学旅行へ行き、我が家でマッタリとした時間が過ごせるようになったので、少しだけポジフィルムの整理をしました。

 
撮影メモを見ながらの整理でなかったので、撮影した覚えがない車両の形式写真が出てきました。
それほど精力的に活動してたわけではないのですが、一時期大阪の会社に知財コンサルタントとして通っていた関係で、大阪を起点に週末出歩いていたみたいです。改めてポジを見て「撮っておいてよかった!」みたいな形式写真がいくつかありました。

 
今回はそのなかの1枚、日根野電車区(大ヒネ)から貸し出されていたスカイブルー(青22号)の クハ103-30 です。

1964(昭和39)年に山手線用として製造された初期形車両ですが、1974(昭和49)年に鳳区に転属してからは長年にわたって阪和線で使用されました。
2008(平成20)年3月から岡山電車区(岡オカ)に貸し出され、H17編成として4両編成でローカル運用に就いていましたが、翌年の2009(平成21)年11月に廃車となりました。

 
クハ103-30

クハ103-30(大ヒネ)  2008年11月3日 庭瀬駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 
阪和線時代に戸袋窓が埋められ、運転台の前面ガラスがHゴム式から金属押さえに更新され、簡易スカートが取り付けられています。

奈良線のクハ103形0番代(初期形冷房改造車)

飯田線の119系電車を撮影した写真はもう手持ちがありませんので、こんど四国のJR車両に戻ろう!と思っていましたが、古本屋業務優先のためフィルムスキャナ(Nikon SUPER COOLSCAN 9000ED)をPower Mac G5 から外した状態のままで使えません。
ネタを考えるも大変なので、2010年6月に奈良線長池駅で撮影した写真をアップしていきます。そんなに撮影していませんので、すぐにネタ切れになりますが、ご容赦ください。

 
撮影遠征でホテルを使ったのはこのときが最後で、それ以降は経費削減と機動性確保のためワゴンRで寝泊まりするようにしています。

車中泊、と呼ばれるスタイルです。

 
クハ103-149

クハ103-149(大ナラ)  2010年6月28日 長池駅

 
学生時代、103系電車は地元横浜線で毎日のように乗っていました。
国鉄末期にはウグイス色がメインになって、スカイブルーが淘汰されるかと思っていたら、オレンジ色やエメラルドグリーンなど、各地からさまざまな塗色の車両が集合してきたこともありました。
1985(昭和60)年から1991(平成3)年までの6年間、雑多な色の鋼製車体の103系がステンレス製車体の205系に変わるのを毎日見ていました。
キチンとシャッターを切っておけばよかったですね…