「夢空間」と名付けられた豪華車両のうちの1両(オシ25 901)

前回に引き続き電気機関車をアップする予定にしていましたが、車種にとらわれずにスキャンやレタッチをした形式写真をアップすることにしました。

気まぐれに形式写真をセレクトした方がモチベーション維持にはいいようなので、デジタル一眼レフカメラとフィルム中判カメラにとらわれずに進めていきます。

 
今回は、「ブルトレ新系列客車のすべて」のときにポジフィルムをスキャンし直していた形式写真をアップしたいと思います。

「夢空間」と呼ばれた豪華仕様の3両のうちの1両、食堂車“ダイニングカー”の オシ25 901 です。

 
オシ25 901

オシ25 901(東オク)  2007年10月19日 尾久駅

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次世代寝台特急を模索して「夢空間」と名付けた豪華車両が1989(平成元)年に試作されました。

このときに、2人用個室車“デラックススリーパー”のオロネ25-901、“ラウンジカー”のオハフ25-901 とともに食堂車“ダイニングカー” オシ25-901 が新製されました。

 
写真の オシ25-901 は24系編成の端部に連結されることを前提に設計されているため、丸妻非貫通の後位車端部にダイニングルーム(食堂)が配置され、同室の両側に非常口が設置されています。

ダイニングルームは「北斗星」「トワイライトエクスプレス」のスシ24形と同じように大きめのテーブルを配置し、フルコース料理にも対応できるように配慮されました。1-3位側(写真の向こう側)の車体中央部には4人用個室が設置されるなど、プライベートな空間も用意されていました。

 
2009(平成21)年6月に廃車となりましたが、現在は武蔵野操車場跡地にオープンした“ららぽーと新三郷”に展示されています。

 
「夢空間」の落成時期がバブル末期であったことと客車列車そのものの衰退時期が重なってしまったため、直系の後継車は生まれませんでしたが、その理念は「四季島」「瑞風」「ななつ星」などのクルーズトレインで結実されることになりました。



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ブルートレインと呼ばれない急行「はまなす」のB寝台車(オハネ24 502)

寝台特急「北斗星」の最終列車が日曜日(8/23)の午前9時25分、定刻通り終点の上野駅に到着し、これで寝台特急ブルートレインの歴史にピリオドが打たれました。

鉄道ファンら約2,500人(JR東日本発表)が上野駅のホームで迎え、引退を惜しんだそうです。

 
最近は家にある朝日新聞には目を通さないようにしていますが、たまたま天声人語が鉄道ネタだったので読んでみました。

出だしの面白い例え話だけ引用しますが、言い得ていて、ついつい笑ってしまいました。

 

数量限定のお菓子が食べたくなるように、廃止が決まった寝台特急には乗っておきたい。エッセイストの酒井順子さんがそう思って乗車したのは、2005年まで東京―下関間を走っていたブルートレインの元祖「あさかぜ」だ。著書『女子と鉄道』にある

 
廃止が決まらないと、乗る気になれない、それが“ブルートレイン”だったようです。

 

1992(平成4)年以降、何回か「北斗星」に乗ったことがありますが、北海道からの帰りはいつも乗車当日でも1人用寝台“ソロ”が買えました。

週末帰りだと当日調達は厳しかったと思いますが、ゴールデンウィークや盆暮れを除いた普段なら直前のキャンセルが結構出ていたので、“ソロ”1室ぐらいならだいたい手に入りました。

3往復だった「北斗星」が1往復にまで減ってしまったということは、結局のところ、バブル生まれの豪華客車も飽きられてしまったということなんだと思います。当日調達ができるほどの乗車率だったのですからね…

 
JR旅客会社間を跨ぐ長距離列車でも、乗車率が年中高くてドル箱列車になっていたのなら、「サンライズ瀬戸・出雲」で使用されている285系のような寝台電車が開発されていたでしょうが、実際は2人用A寝台のみの「カシオペア」用のE26系が12両製造されただけ。

 
夜行列車がなくなってしまうのは残念ですが、これまで私自身が多用していたのは寝台列車ではなくて普通座席の夜行列車ばかり。

1985(昭和60)年3月ダイヤ改正の時点で残っていた夜行列車はほとんど乗りましたが、寝台車に乗ったことはありませんでした。

お恥ずかしいことに、初めて乗った寝台列車は新入社員研修(三井鉱山時代)の移動のときで、「あさかぜ」または「はやぶさ」に乗って八幡で降りました。1991(平成3)年4月上旬のことです。

社会人になってからは寝台車に乗ることが増えましたが、いつもフリー切符に絡めて乗っているばかりで、JRから見たら嫌なお客だったのではないでしょうか?

 
ですので、「北斗星」の廃止で寝台特急ブルートレインがなくなってしまうことよりも、急行「はまなす」が今後どうなってしまうのだろうか?の方が気になります。

「はまなす」にも寝台車が連結されていますが、2両だけ。多くても3両。しかも、個室寝台なんてありません。
残りの5〜10両は14系500番代の座席車。

自由席も連結されているので、乗車券と急行券さえあればいつでも乗れます。

事前に指定席券を手に入れることができれば、“のびのびカーペットカー”や“ドリームカー”でゆったり移動することもできます。

 
先日、急行「はまなす」が少なくとも来年(2016年)2月末まで運行を継続するとの発表がありました。

 
北海道新幹線の開業で「はまなす」がどうなるのか?

「はまなす」の代わりに函館〜札幌間の「ミッドナイト」が復活するのか?

 
この答えは、来春のダイヤ改正の概要発表がある12月下旬までしばらくお預けです。

 
 * * *

 
この流れで「はまなす」用のオハ14形あたりが用意できたらよかったのですが、快速「海峡」時代しか撮ったことがないので、今回は「北斗星」用として24系化されたのに14系併結化改造でまたまた14系列車の「はまなす」に連結されるようになった オハネ24 502(札サウ)をアップしたいと思います。

 
オハネ24 502

オハネ24 502(札サウ)  2015年7月1日 苫小牧駅

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「北斗星3・4号」の定期列車化による車両不足を補うために急行「宗谷」「天北」の気動車化や急行「まりも」の寝台車減車により余剰となっていた オハネ14 509 を24系に編入改造した車両です。

 
14系500番代からの改造車なので、台車枠にブレーキシリンダーを取り付けたTR217Fを履き、前位車端部の手スリが角部に取り付けられており、引き戸に改造されたドアの窓がHゴム支持になっています。

1号車のスハネフ14形550番代に合わせて白帯にすればいいのに!と思えるような外観ですが、「北斗星」用車両でしたので現在も金帯のままです。

 

種車の オハネ14 509 は北海道向けに改造されてからの番号で、もともとは昭和46年度3次債務車として1972(昭和47)年9月に新潟鐵工所で製造された オハネ14 65 でした。

当初は向日町運転所(大ムコ)の配置で、「あかつき」で使用されていましたが、1972(昭和47)年11月に発生した北陸トンネル火災事故の影響で14系寝台車の増備が中止されたため、大ムコへの24系投入による玉突きで早岐客貨車区(門ハイ)へ転属となりました。

門ハイでは「あかつき」「彗星」に使用されていましたが、1975(昭和50)年3月改正以降は「日本海」にも使用されることになり、九州~青森間という今では信じられないような広域での運用に就いていました。

1978(昭和53)年に14系15形が門ハイに配置され、一方で「日本海」が24系化されたため、オハネ14 65 を含む門ハイの14系寝台車のほとんどが尾久客車区(北オク)に転属し、1978(昭和53)年10月改正からは上野発着の「ゆうづる」「北星」「北陸」に活躍の場を移しました。

 
オハネ14 65 は北オクでの活躍もそう長く続かず、こんどは北海道の老朽化した10系寝台車を置き替えるため オハネ14 509 に改造され、札幌運転所(札サウ)配置となりました。

1983(昭和58)年から急行「まりも」「大雪」「利尻」に使用され、このときから14系座席車と混結で使われるようになりました。

なお、このときに北海道に渡らずに北オクに残った14系寝台車の多くが2010(平成22)年3月まで「北陸」で使用されました。

 
1985(昭和60)年以降、オハネ14 509 はおもに急行「まりも」「大雪」に使用されていましたが、寝台車の減車により札サウのオハネ14形は余剰気味になっていました。さらに、1988(昭和63)年11月に急行「宗谷」「天北」が気動車化されたため、オハネ14形の余剰車が増加しました。

一方で、平成元(1989)年3月に当時の「北斗星」人気に応えるため「北斗星3・4号」を定期列車化し、B寝台車が車両不足に陥っていたため、これを補うためにオハネ14形の余剰車を活用することになり オハネ14 509 は オハネ24 502 に改造されました。

 
国鉄時代は広域配転が頻繁に行われていましたので オハネ24 502 の経歴が特別なものではありませんが、九州に配置されていた車両がJR北海道で活躍しているのは、国鉄の標準化設計の賜でしょう。

この設計思想がよかったのかどうか判断しきれない部分もありますが、老朽化が激しかった1世代前の軽量車両の置き替えのためにその都度転用改造で対応できたので、評価されるべき車両だったのではないかと思っています。

 
時代によって求められる車両の要件は異なりますからね…



この形式写真に関連するタグ: 14系 , 24系 , JR北海道 , プレス発表

「北斗星」最終列車の最後尾に連結される カニ24 508

今週の火曜日(8/18)に娘の通院があった関係で実家そばの北里大学病院に奥さんが来ていたので、私一人では運び出せないタンスなどを粗大ゴミに出し、ようやく終わりが見えてきました。

6月に入ってからほぼ毎日、7月以降は週に1〜2回通って細々と実家の片付けをしてきましたが、あと5回も通えば実家を空っぽにできそうです。

 
3〜4人を集めることができれば1日仕事の分量だと思いますが、基本的に1人だけで 片付け→分別→ゴミ処理場への直接持ち込みをやっているので、非効率的で時間ばかり経過します。

でも、小学3年生から就職するまで暮らした実家を空っぽにしなければならないのは精神的に辛いことなので、時間を掛けて気持ちの整理を付けている感じです。

両親が生きた証しをどんどん処分するというのは辛いんですよ… 本当に。

 
 * * *

 

昨日(8/20)、イカロス出版から季刊誌「Jトレイン」の最新号が届きました。

「北斗星」「トワイライトエクスプレス」絡みでいくつかのムックにほんの少しだけ協力してまいりましたが、今回の「Jトレイン Vol.56」で1つの区切りが付くのではないでしょうか?

 
Jトレイン Vol.59

Jトレイン Vol.59

 
寝台特急「北斗星」は今日(8/21)の上野発が下り列車として最後の運行となります。

そして、明日(8/22)の札幌発の上り列車は寝台特急ブルートレインとして最後の列車となり、上野に到着すると半世紀以上にわたって当たり前のように走っていた“寝台特急”が過去のものとなります。

 
この最終列車に連結される車両をアップしたいと思いましたが、もうネタ切れですので 「北斗星」の上り最終列車の最後尾に連結される カニ24 508 の写真をアップしたいと思います。

カニ24 507 でなくて、すみません(m_m)

 
(追記)
「北斗星」の下り最終列車に カニ24 508 が連結されたようですので、今回の記事タイトルおよび本文を一部変更しました。

 
カニ24 508

カニ24 508(東オク)  2014年10月31日 大宮駅

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最終日の「北斗星」は次のように組成されると思われます。

オハネフ25 214
オロネ25 505
オロハネ25 501
オロハネ24 551
オハネフ25 215
オハ25 503
スシ24 507(→ スシ24 506 に差し替え)
オロネ25 506
オロハネ25 502(→ オロハネ25 503 に差し替え)
オロハネ24 553
オハネフ25 14
カニ24 507(→ カニ24 508 に差し替え)
(上野・函館方より、客車はいずれも金帯・引戸改造車)

 
(追記)
下り最終列車の編成に基づき訂正いたしました。

 

最後の最後に撮りたいと思っていた オロネ24 501 が入らないみたいなので撮りに行きませんが、撮影に出られる方は、最後尾に荷物車が連結される客車列車がこれでお終いになるということも気に留めて置いて見送ってください。是非。

 



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臨時「北斗星」の1号車に連結されている オハネフ25 214

今回も寝台特急「北斗星」で使用されている車両の形式写真をアップしたいと思います。

尾久車両センター(東オク)の オハネフ25 214 です。

 
オハネフ24 215 は、後方監視窓が灰色Hゴムのままで、裾部の金色帯が妻面まで大きく回り込んでいませんが、こちらはHゴムが黒色化され、裾部の金色帯が貫通ドア脇まで回り込んでいます。

かつての蒸気機関車や旧形国電のように1両1両違った表情となり、走行写真でも番号が特定できるほど個性が突出するようになりました。歴史は繰り返されますね…

 
オハネフ25 214

オハネフ25 214(東オク)  2015年2月17日 黒磯駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

これまでに何回か書きましたが、寝台特急「北斗星」は今年の3月に臨時列車に格下げされ、JR東日本所属の24系客車だけによる単独運行に変更されました。

これにより編成が変更されて、“ロイヤル”“シングル”“デュエット”“ソロ”などの個室寝台車をたくさん連結した12両編成(カニ24形を含む)になりました。

 
臨時「北斗星」の寝台車9両をすべて個室にすると定員が少なくなりすぎてしまう問題があるので、これを回避するために開放式B寝台車が連結されていると思われますが、実際は乗務員室(車掌室)を確保するために編成の真ん中に緩急車のオハネフ25形を組み込んでいます。

共同運行時代、5号車には車掌室が設置されている1人用B個室寝台“ソロ”のオハネ25形550番代が連結されていましたが、ここにJR東日本の個室寝台車を入れてしまうと車掌室が編成端の2ヶ所だけになってしまいます。

これでは業務に支障を来してしまいます。

そこで、4月以降の臨時「北斗星」は12両編成にオハネフ25形を3両(1・5・11号車)組み込んで、車掌業務がいままでどおりできるように配慮しています。

なお、JR東日本のオハネフ25形は、JR北海道所属車のように2段寝台の1ボックスを4人用区分寝室(Bコンパート)に改造していませんので、昔ながら開放式B寝台が楽しめる数少ない寝台車です。

 
「北斗星」を担当する尾久車両センター(東オク)にはオハネフ25形が5両が配置されているので、オハネフ25 12〜14・214・215 の5両を1〜2週間ごとに組み替えて運用しています。

夏休みに入って「北斗星」は隔日運行になりましたが、現在は写真の オハネフ25 214 が編成端の1号車に連結されています。

 
オハネフ25 214 は24系客車として最後に増備された昭和54年度第2次債務車の1両で、オハネフ25 215 と同じ1980(昭和55)年9月17日に新潟鐵工所で落成しました。

最後まで残っていた20系寝台特急「あけぼの」を24系化するために製造された増備車で、1980(昭和55)年10月改正での「彗星」の減便による捻出車とともに宮原(大ミハ)の24系25形初期車を青森(盛アオ)に転出する玉突き配転を行うために大ミハに投入されました。

 
このときの配転が影響したため、「あけぼの」「北斗星」などを受け持ったJR東日本には多くの24系25形初期車が配置されていました。

「北斗星」の運行開始にあたってJR東日本管内の24系が東オクに集められましたが、このときにかつて大ミハに投入されたオハネフ25形200番代と、大ミハから追い出されたオハネフ25形0番代が「北斗星」のために一肌脱ぐことになり、運命の悪戯を感じるような布陣に。

そして、これらの車両たちが最後の最後まで「北斗星」を支えることになりました。



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臨時「北斗星」編成に組み込まれなかった予備車の オロハネ24 501

3月ダイヤ改正で臨時列車に格下げされた寝台特急「北斗星」の運行も残すところあと1ヶ月となりました。

1ヶ月後の8月22日に札幌を出発する上り列車が「北斗星」の最終列車となりますが、午前10時にみどりの窓口などで一斉に発売されたものの、発売直後すぐに売り切れになったようです。

 
「北斗星」用の24系客車は3往復時代にほとんど撮影済みなので、お名残撮影の仲間入りするほど焦っておりませんが、「北斗星」減便後に予備車になってしまった オロネ24 501 だけは撮り直しできたらなぁ〜、と軽く思っている程度です。

4月以降、「北斗星」は個室寝台車ばかりの編成になり、A個室寝台車“ソロ”も2両連結されるようになったので撮りやすくなったみたいですが、頻繁に編成差し替えが行われているためタイミングを図るのが大変になりました。

 
「北斗星」用車両のなかでも特に出番がないのがAB個室寝台車“ロイヤル・ソロ”の オロハネ24 501 ですが、以前からこの車両の寝台側が撮りたくて、こちらでもそのことについて何度か呟いていました。

通路側は撮ってましたからね… 是非、こんどは寝台側を!と思っていました。

 
こちらで報告するタイミングがなかったので、それっきりになっていましたが、実はダイヤ改正前ギリギリの時期に黒磯訓練の運用に入ってくれましたのできれいに撮影することができました。

 
車内配置そのものはJR北海道の オロハネ25 555~558 と同じですが、金帯やエンブレムの有無が違うのと、やはり1区分1両のレアなJR東日本所属車なのでどうしても追いかけたくなりますよね。

3月のダイヤ改正以降は黒磯訓練がなくなり、それ以降は行先表示器の方向幕が外されて尾久車両センター(東オク)に留置されているようなので、一足先に保留車になってしまったようです。

 
「北斗星」減便後は薄幸な運命を辿り、人知れず「北斗星」運用から離脱した オロハネ24 501 ですが、最後の最後にきれいな姿を記録していましたので、どうぞご覧ください。

 
オロハネ24 501

オロハネ24 501(東オク)  2015年2月17日 黒磯駅

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