濃黄色に塗色変更された元荷物電車の クモハ123-5

週末まで奥さんが中国出張だった関係で、先週は完全に受験生を抱えるシングルファーザーでした。

細々とした家事をやって、子どもたちが帰宅するたびに夕飯を用意していると一日が終わる、というストレスの溜まる毎日。
やりたいことがたくさんあるのに、みたいな。

もう少し時間を掛けて鉄道趣味のことをやりたかったのですが、ぜんぜん時間が取れませんでした。

仕方がないですけどね…

 
こういうときは手元のストックをブログにアップするに限りますから、今回は「特別な“トワイライトエクスプレス”」の牽引機 EF65 1124 を撮りに行った下関遠征のときの1枚をアップしたいと思います。

濃黄色に塗色変更された最近の クモハ123-5(広セキ)です。

 
クモハ123-5

クモハ123-5(広セキ)  2016年2月22日 下関駅

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クモハ123-5 は2012(平成24)年3月に小野田駅で撮影したことがありましたが、このときはまだ旧塗色時代でトイレも未設置でした。

2013(平成25)年10月に車いす対応の大形トイレが1位側のドア横に追設され、2015(平成27)年3月にJR西日本地域色の濃黄色に塗り替えられて、ほんの数年ですっかり外観が変わってしまいました。

 
また、後位妻面の車体表記そばに貼付されているJR西日本の管理用バーコードと思われるシールが確認できます。

 
片運転台車や中間車は妻部の車体表記が連結側になるので隠れてしまいますが、キハ40形や当形式などの両運転台車は先頭に出る機会が多いですからね。簡単にその存在が確認できます。

 
クモハ123-5に貼付されているバーコード

クモハ123-5 の後位妻面に貼付されているバーコード

 
JR西日本所属の車両はこのように後位妻面にバーコードが貼られているので、暇つぶしに確認してみては如何でしょうか?



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辰野線の クモハ123-1 (2)

今回も2013(平成25)年3月改正で引退する車両をアップします。

「スーパーひたち」の651系電車はまだ撮り直したい車両があるので、ダイヤ改正前にもう1回水戸地区に行きたいと思っていますが、同改正で引退予定の松本車両センター(長モト)のクモハ123-1については一昨年の出撃で満足いく写真が撮れたので、これでヨシとします。

 
もう少し引きが取れて、手前にホームがなければ最高ですが、駅ホームでの撮影ではこれ以上の条件は望めないでしょう。

 
クモハ123-1

クモハ123-1(長モト)  2011年6月11日 小野駅

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公式側(4位側)を撮影した写真はこちらにあります。

 

後位妻面(3位側)に5つの銘板が取り付けられていますが、右側の縦4つは上から順に、「JR東日本」「近畿車両 昭和53年」「日本国有鉄道 長野工場 昭和61年改造」「JR東日本 長野工場 平成2年改造」。尾灯下部の1枚は「JR東日本 長野総合車両所 平成5年改造」です。

 
クモハ123-1 の車両履歴は銘板の数ほど複雑ではなく、種車は1978(昭和53)年に近畿車輛で製造された1M方式・両運転台付きの荷物車 クモニ143-1 です。
1986(昭和61)年10月に長野工場で改造された車両で、1986(昭和61)年11月改正前から辰野〜塩尻間の区間列車(通称、辰野線)で運用開始されました。

このとき、国鉄の新性能電車として初めての単行営業運転が始まりました。いまでは当たり前のことですが…

 
登場当初は非冷房車・非ワンマン運転対応車で、クリーム10号に緑14号の帯を配した快速「かもしか」用の169系に準じた塗色でした。

モノクロ写真ですが、このような塗り分けで登場しました。

 
クモハ123-1(旧塗色時代)

クモハ123-1(長モト)  1988年8月4日 塩尻駅

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この写真は民営化後に撮影しているので、一番上の銘板が「日本国有鉄道」から「JR東日本」に取り替えられています。
でも、なぜかクリーム色でした。

銘板の数はまだ3枚で、クモニ143-1 から クモハ123-1 に改造された車両に見合った枚数でした。

 
1990(平成2)年3月改正でワンマン運転が開始されたため、同年、ワンマン運転関連機器が設置され、運転台側面の2・3位端部に小窓が取り付けられ、外部塗色が現在と同じ白色・ローズピンク系のものに変更されました。
このとき、「ミニエコー」のヘッドマークは昔ながらの引っ掛け式から楕円形の電照式に改造されました。

 
民営化以降は寒冷地向けの車両についても冷房改造が進められたため、1993(平成5)年に集約分散式の冷房装置AU712が2台設置され、冷房用電源として屋根上に静止形インバータ装置(SIV)が取り付けられました。「JR東日本 長野総合車両所 平成5年改造」の銘板はこの改造のものです。

 
その後、松本地区に1M式のE127系100番代が投入されましたが、辰野線の クモハ123-1 は置き替えられなかったので、北陸新幹線の金沢延伸開業までは安泰かと思っていました。

でも、首都圏から追い出された211系が長野地区に転用され、車両に余裕が生まれるようになるので、長野地区で211系がデビューする2013(平成25)年3月改正を機に クモハ123-1 が淘汰されることになるようです。

 
荷物電車時代の窓割りが残る車両もあと僅かで置き替えられてしまうのですね。仕方のないことですが…



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身延線で使用された クモハ123-5145

このブログは現存するクモハ123形が一通りアップされている関係で身延線のクモハ123形の写真を探していると思われる方々が訪れております。

 
身延線用のクモハ123形はすでに全車廃車されていますが、現役時代に撮影しておりましたので、スキャン済みの形式写真のうちの1枚をアップいたします。

前面に貫通扉が取り付けられた クモハ123-5145(静シス)です。

 
クモハ123-5145 は経歴が複雑な車両で、元をたどると通勤形の101系電車の中間車、1962(昭和37)年製のモハ100-132 です。

 
飯田線の郵便荷物車を新性能電車化するために モハ100-132 を1983(昭和58)年に改造した クモユニ147-5 を1987(昭和62)年に再改造したのが クモハ123-45 です。

クモハ123-45 は 1から5までの数字が並んだ珍しい番号でしたが、1989(平成元)年に冷房化改造により5000番代となったため クモハ123-5045 に改番されてしまいました。

さらに翌年の1990(平成2)年には正面に貫通扉が取り付けられてクモハ123形600番代とともに運用できるようになり、クモハ123-5145 に改番されました。

 
クモハ123形は改造遍歴が複雑な車両が多いので後位側正面(妻面)にたくさんの銘板が取り付けられていますが、クモハ123-5145 は特に銘板数が多い車両でした。

クモハ123-5145 になってからはクモハ123形600番代との2両編成などで使用されていましたが、313系の投入により置き替えられたため2007(平成19)年に廃車となりました。

 
クモハ123-5145

クモハ123-5145(静シス)  2005年9月26日 入山瀬駅

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宇部線・小野田線用の元荷物電車の クモハ123-3

1両単位で運用できる両運転台付きの荷物電車などを旅客車両に改造したのが クモハ123形 です。
クモハ123形0番代は国鉄末期の昭和61・62(1986・1987)年に6両が改造されましたが、松本(長マト)に クモハ123-1 が配置されているだけで、残りの5両(クモハ123-2〜6)は下関車両総合所(広セキ)に配置されています。

 
広セキに在籍する5両のうち クモハ123-2〜4 は可部線向けに改造された車両で、クモハ123-1 のように両端に片開き扉が配置されてますが、上部のみ手前に倒して開く大形窓が並んでいます。

可部線時代は非貫通でしたが、岡山に転属して宇野線などで使用されたときに貫通式に改造されました。
もと阪和線羽衣支線用の クモハ123-5・6 のように出入扉や側窓に荷物車時代の面影がなく、国鉄時代の改造車のなかではデザインに力を入れてできあがった車両のように見えます(←車体側面の話しです)。

 
残念ながら広セキのクモハ123形は濃黄色一色への塗り替え対象車になっているので、すべての車両がクモハ123-4 のような残念な姿になる前に別方位からも形式写真を撮りたいと思っています。

 
クモハ123-3

クモハ123-3(広セキ)  2012年3月17日 下関駅

 
クモハ123形は0番代のほかにクモユニ147形を改造した40番代(後に5040・5140番代に再改造)とクモヤ143形600番代を改造したクモハ123形600番代が身延線で在籍していましたが、2007(平成19)年3月までに引退してしました。



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小野田線を走る元荷物電車の クモハ123-5

遠征2日目(3/17)は昼過ぎに下関駅を切り上げて小野田駅へ移動する予定にしてましたが、天気が好転して晴れベースになってきたため急いで移動するのを止めました。

 
たまに雲が出て暗くなるような天気で入線した列車のほとんどが撮影できたので15時過ぎまで下関駅に留まってましたが、ホーム階段の上り下りに疲れてきたのと、同じような国鉄形車両を撮っているのが飽きてきたので、小野田駅に向かって気分転換することにしました。こんなことは珍しく、うれしい悲鳴です。

 
15:50頃に小野田駅に行けば小野田線 1233M〜1234Mの折り返し運用に入っているクモハ123形が撮れるのですが、駅に着くと少し雲があるものの天気は概ね晴れ。

晴れているときに白色系塗色のクモハ123形を撮っても車体色がすっ飛んでしまうので撮りたくない、そんな気持ちが通じたのか、折り返しの16分間のうち10秒だけ雲が掛かってくれました。

急いで3枚だけ撮影できましたので、そのうちうまく露出があった1枚をアップします。阪和線羽衣支線用としてクモニ143形を改造した クモハ123-5(広セキ)です。

 
いつ濃黄色に塗色変更されるかわからない下関総合車両所(広セキ)のクモハ123形ですが、今回の遠征では旧塗色車が下関と小野田で2両も撮影できました。

 
クモハ123-5

クモハ123-5(広セキ)  2012年3月17日 小野田駅

 
この車両を撮影後、山陽自動車道の小野田ICに乗って、山口宇部有料道路、小郡道路、山陽自動車道、中国自動車道、名神高速道路、新名神高速道路、伊勢湾岸自動車道、東名高速道路を経由し、途中の仮眠を含め20時間も掛かってしまいましたが無事につきみ野に帰りました。

 
今回の遠征はすべて駅撮りでクルマを出す必要性はなかったのでバカみたいな長距離運転になってしまいましたが、1度しかない人生ですから何ごとも受け入れて楽しみましょう!



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