弥彦色をまとっていた新潟地区のワンマン運転対応車(クモハ115-503)

鉄道ニュースによると、新潟車両センター(新ニイ)の115系の3両編成(N36編成)が弥彦色に塗色変更されたそうです。

 
新ニイのN36編成は、北陸新幹線金沢延伸開業前の2014(平成26)年5月に長野支社の長野総合車両センター(長ナノ)から転入してきたリニューアル工事車です。

同年9月に2次長野色からリニューアル工事車がまとう青系の3次新潟色に塗り替えられていましたので、N36編成の3両は 湘南色 → 1次長野色 → 2次長野色 → 3次新潟色 → 弥彦色 と塗色変更を繰り返した車両となりました。

 
E129系の増備が再開すれば新ニイの115系は全廃されますので、N36編成は3次新潟色で全うするものと思っていましたが、そう簡単に引退させてくれないのでしょうね〜

2018(平成30)年2月に実施された『「私と通勤・通学電車」〜みんなで選ぼう 115系車両デザイン〜』の応募で弥彦色が2次新潟色(キムワイプ)に僅差で2位に選ばれたのですから…

 
3両編成の弥彦色に違和感がありますが、車体が汚れてきてくたびれてくれば馴染んでくるでしょう。

11/3日(土祝)の「復刻“弥彦色”越後ぐるっと周遊号」から運転が開始されるので、新形車両に置き替えられるまでローカル輸送で頑張って欲しいものです。

 
弥彦色をまとって出場したN36編成の車両をアップできればいいのですが、こちらの3両は出場したばかりで未撮影ですので、今回は2015(平成27)年3月改正でE127系0番代に置き替えられるまで活躍していた元祖弥彦色の クモハ115-503(新ニイ)をアップしたいと思います。

 
クモハ115-503

クモハ115-503(新ニイ)  2013年4月18日 吉田駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

クモハ115-503 は1966(昭和41)年製の中間電動車 モハ115-88 に運転台を取り付けた改造車です。

1983(昭和58)年に先頭車化改造が実施されたので、この時点ですでに車齢17年。

 
これだけでも凄いのに、2015(平成27)年の引退まで合計49年間も現役だったのですから、現場の保守管理も大変だったでしょうね。

明けましておめでとうございます(写真はクハ115-2018)

明けましておめでとうございます。

昨年中は格別のお引き立てをたまわり、誠にありがとうございました。
トレインブックスは、本年もお客さまに愛される鉄道専門古書店を目指し、より一層努力してまいりたいと思います。

本年が皆さまにとって素晴らしい一年となりますよう、ご多幸とご健康をお祈り申し上げます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 
 * * *

 
新しい年、2018年に因んで2018番の車両を探してみたところ、下関総合車両所広島支所(広ヒロ)に在籍していた当時に撮影した クハ115-2018(ヒロL-09編成)の形式写真が手元にありました。

広ヒロに227系が投入されたため下関総合車両所運用検修センター(広セキ)に転属しましたが、現在もセキL-09編成の偶数側(下関方)に連結されています。

 
クハ115-2018

クハ115-2018(広セキ)  2014年6月5日 西条駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

車両番号はオリジナルの“2018”のままですが、40N体質改善工事が実施され、車体塗色も濃黄色に変更されています。屋根上の冷房装置もよく見るとオリジナルのAU75系からWAU709Aに換装されています。

227系の増備に押されてJR西日本広島支社の115系は運用数が減少していますが、現在も山陽本線三石〜下関間などで使用されています。

1区分1両という地味にレアな存在だった新潟地区の クハ115-1601

一昨日(12/14)、JR東日本新潟支社は、国鉄時代に新潟地区で運行されていた70系電車と同じ塗色(通称“新潟色”)の車両を投入すると発表しました。

来年(2017年)1月21日運転予定の団体臨時列車「懐かしの新潟色越後ぐるっと周遊号」を皮切りに、黄色と赤色の2色の塗装で、かつて“新潟色”と呼ばれていた70系電車などと同じ塗色をまとった115系を定期列車に投入するとのことです。

 
115系懐かしの新潟色

115系懐かしの新潟色(JR東日本新潟支社発表資料より)

 
京阪神地区から転入した70系電車を茶色(ぶどう色2号)から塗色変更する際に、当時の国鉄新潟鉄道管理局が「踏切事故防止や裏日本特有の陰気くささを思い切って吹き飛ばす」との判断で原色に近い黄5号と赤2号の2色の塗り分けにしたそうです。

この辺りの経緯は「鉄道ジャーナル 1978年6月号(No.136)」の“新潟を走った旧型国電の16年”という記事に詳しく書かれています。

 
鉄道ジャーナル 1978年6月号(No.136)

 

「雪の中で目立つように」という理由だけではなかったのが当時の事情を物語っていますね。

1962(昭和37)年に高槻電車区(大タツ)と明石電車区(大アカ)から10両のモハ70形、クハ68・クハ76形が長岡第二機関区(新ナカ)に転入したのが新潟地区の電車の始まりだそうです。

 
その後、1974(昭和49)年3月には営業用の旧形国電の配置が106両にまで増え、配置形式もモハ70形、クハ68・クハ75・クハ76形、サハ75・サハ85・サハ87形と多岐にわたりました。

しかし、1976(昭和51)年に一部が湘南色の115系0番代に置き替えられ、そして残りの旧形国電も1978(昭和53)年に登場したばかりの115系1000番代に完全に置き替えられました。

このときに“新潟色”は消滅し、新潟地区の近郊形電車は湘南色に統一されました。

 
昭和50年代に全国の旧形国電を置き替えた115系も、今ではだいぶ活躍の場が減ってきました。

先日(12/13)の新潟遠征でも目にしたのはE129系ばかり。

こんどは115系が置き替えられる番です。

 
来年度(2018年度)には新潟車両センター(新ニイ)の115系は全廃となります。

すでに新ニイも個性的な115系車両は廃車されてしまったので、現在走っているのは青系の新新潟色をまとったリニューアル工事車の115系ばかり。

 
JR東日本管内の115系もそろそろお終いですね。

 
 * * *

 
今回は昨年(2015年)撮影した1区分1両の珍しい車両をアップしたいと思います。

サハ115形1000番代に運転台を取り付けて先頭車化したクハ115形のうち、唯一の偶数向き制御車(T’c)として改造されたクハ115形1600番代の クハ115-1601(新ニイ)です。

 
クハ115-1601

クハ115-1601(新ニイ)  2015年2月25日 長岡駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

サハ115形1000番代の先頭車化改造車はほとんどが4両または7両編成に連結されたため奇数向きの1500番代として落成しました。

115系1000番代は偶数向きのクハ115形1000番代にトイレを設置していたため、トイレなしのサハ115形1000番代を先頭車化したクハ115形1500番代にもトイレは設置されていませんでした。
しかし、偶数向きのクハ115形1600番代(サハ115-1009 → クハ115-1601)はクモハ115形を組み込む3両編成(ニイN26編成)に連結されたため、3位車端部に新たにトイレが追設されました。

 
ですので、クハ115形1600番代の特徴側は1-3位側(非公式側)となります。

しかし、新潟地区で偶数向きクハ115形の1-3位側を顔出しで撮るとなると、引きが取れる場所が限られるので相当な難易度になってしまいます。

 
何度か挑戦しましたが、今回アップした2-4位側を撮れたのがラッキー、というレベルで、2016(平成28)年4月に廃車されてしまいました。結局、クハ115形1600番代の1-3位側は撮れませんでした。

 
連結側からの形式写真は越後線吉田駅で撮影していましたのでこちらの写真もアップしますが、幅広の戸袋窓とトイレ窓の組み合わせはこの車両の特徴でした。

 
クハ115-1601

クハ115-1601(新ニイ)  2010年7月7日 吉田駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

偶数向きで固定使用されるのでブレーキ関係配管の配置がクハ115形1500番代と異なり、よく見るとトイレまわりの配管の避け方も他のクハ115形と違っていました。

改造時期の関係で唯一無二の存在でしたので、顔出しの状態で1位側から撮りたかったのですが、もう叶わぬ夢ですね。

 
クハ115-1601 の3位車端部(トイレ付近)

クハ115-1601 の3位車端部(トイレ付近)

211系への置き替えが始まった高タカ115系の少数派形式(サハ115-1007)

先日、JR東日本高崎支社は、信越本線(高崎〜横川間)、上越線などで活躍する115系を8/22(月)から順次211系リニューアル編成に置き替えることを発表しました。

 
高崎車両センター(高タカ)には湘南色の115系が77両配置されています。
3両編成と4両編成が2種類があり、それぞれ11本が組成されています。

3両編成のほとんどがリニューアル工事施工車で、4両編成はすべて未施工車です。

4両編成のうち2本(T1044・T1159編成)はサハ115形を組み込んだ予備編成で、中間に組み込んだサハ115形を抜き取れば3両編成になるので、髙タカの115系すべての運用に入ることができます。

 
新潟車両センター(新ニイ)にもサハ115形が2両配置されていましたが、先ごろ発売された鉄道ダイヤ情報によると、この2両は廃車されてしまったようです。

このため、現役のサハ115形は髙タカの サハ115-1007 と サハ115-1019 の2両だけとなりました。
この2両が廃車されるとサハ115形は廃形式になります。

 
これまでに何度か書きましたが、中間付随車のグリーン車“サロ”と普通車“サハ”は第一線から退いて短編成化されると真っ先に運用からハズされて廃形式になるのが世の常です。

JR東日本の115系の場合は、新ニイと高タカにクモハ115形が多く在籍していた関係で中間にサハ115形を組み込んだ4両編成が組成されたため細々と生き長らえることができました。

“サハ”にしてはよく頑張った方だと思います。

 
このような背景があるので“サハ”を真っ先に撮影するようにしてますが、乗っていても軽やかな客車のような走行音や揺れを感じられるので、“サハ”という存在が結構好きなんですよね。

そんな中、高タカの115系は4両編成から置き替えが開始されるのではないか、という噂が…

 
211系リニューアル編成の運転開始日の直前、日曜日(8/21)に サハ115-1007 が循環運用で横川に入るのが確定的になったので、これを撮りに横川まで行ってきました。

 
サハ115-1007

サハ115-1007(高タカ)  2016年8月21日 横川駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

“乗客がほとんどいない状態でサハ115形1000番代を撮る” という気持ちがあったので、ここ数ヶ月ほど横川にサハ115形が入る運用を調べていました。

 
でも、T1044・T1159編成は予備のため“サハ”が抜かれることが多く、サハ115形を連結した編成が横川に入る確率は一般の4両編成よりも低くなります。

“サハ”込みの編成が横川に入ったとしても、その日に横川が曇るかどうかは別の話し。

しかも、その日に自分が横川に行けるかどうかも別の話し。

 
そう考えると、やっぱり横川での“サハ”狙いは年単位になってしまいますね。

 
高タカ115系 T1044編成(右側が上野方)

高タカ115系 T1044編成(右側が上野方)

 

一昨日(8/21)も、横川に向かっている途中に天気予報がそれまでの曇りから晴れに変わってしまったので、途中で引き返そうか迷いました。

現地でご一緒したKazumaさんと曇るまで6時間以上も粘り、しかも夕方に曇ってくれたので、無駄な遠征にはなりませんでした。

なお、今回は床下の黒潰れがほとんど気にならないレベルだったので、晴れている昼間に撮った発色のいい形式写真をアップしました。

 

やや焦り気味で“サハ”を撮りに行きましたが、実際に運用に就いた211系リニューアル編成は今のところA28編成だけのようです。

客扱いのドア開閉のことを考えると中央東線のときのように冬季までにすべてを置き替えればいいので、ゆっくり211系リニューアル編成を投入していくのでしょうね。

115系偶数車なのに番号の百の位が奇数で区分されている クハ115-2516

前回、1/14(木)は日付にちなんでモハ114形(モハ114-5824)をアップしました。

この流れで翌1/15(金)にクハ115形やクモハ115形がアップできればと思い今回アップする写真を用意していましたが、今週末に我が家の一大イベントが控えていたので、その対応でブログどころではありませんでした。

すみません。

 
ニュースでも採り上げられていたように、今週末は大学入試センター試験。

そう、いよいよ長男の大学入試戦線がスタートし、我が家も臨戦態勢に突入しました。

 
さすがに試験前日と当日は奥さんも仕事優先を少しだけ解除。

一方、“平日のみシングルファーザー”の私は、一足先に先週から主夫状態に。

ここのところ平日は、朝昼晩の食事の用意と、塾(自習室)への送りの日々になりました。

ここ半年間はほぼ毎日6〜12時間も勉強してきたので、親としてこの程度は手伝ってあげたいのでね…

 
先日の三重遠征以降、太平洋側は冬型の天気で曇りにならなかったので撮影に行ってませんでしたが、行きたいと思っていた地域が曇りだったらストレスが溜まったかも知れません。

2月に入ると受験日が続きますので、遠征はさらに遠退きそうです。

2月は誕生月ですから、JR四国の「バースデイきっぷ」やJR九州の「ハッピーバースデイ♪九州パス」を使って遠征に出ようと思ってましたが、行けそうにないですね。

 
 * * *

 
老朽化した車両の置き替える際、置き替えの緊急度と車両の準備にはどうしても齟齬が出てしまいます。

それを埋め合わせるために車両の転配や最小限の改造が行われますが、このような経緯で投入された車両は往々にして短命で終わります。

 
広島地区は、新形式227系の投入と115系初期車の待ったなしの置き替えがタイミング的にうまく合わなかっので、その場しのぎの115系化改造車が投入されることになりました。

これから淘汰される115系に新区分が登場したので驚きましたが、車齢50年の車両が多かったので、そこまでの措置が講じられたのでしょう。

 
このときに登場したのがクハ115形750・2500・2600番代の3区分で、いずれも113系のクハ111形から改造されました。

ここで厄介なのは、偶数・奇数という車両の向きを表す区分の付け方が滅茶苦茶になってしまった、ということです。

 
115系1000番代が登場した1977(昭和52)年以降、国鉄新系列電車の制御車(クハ●●●)は車両の向きを意識した付番方式に改められ、番号の百の位を読めば車両の向きが分かるように整理されました。

つまり、例えば、

クハ115形1000番代は百の位が“0”で偶数なので、偶数車。
偶数向きなので、東海道・山陽本線基準で下関方に連結。

先頭車改造車のクハ115形550番代は、百の位が“5”で奇数なので、奇数車。
奇数向きなので、東海道・山陽本線基準で東京方に連結。

という具合です。

 
115系0・300番代はそれ以前の設計のため番号の末尾で判断しますが、115系0番代は非冷房時代に両渡りでどちらの向きにも連結できたので多数の例外が存在します。

基本的には、方向転換するときに改番することが一般的ですが、改番せずに方向転換した制御車は存在します。

また、117系以降は制御車の形式を向きによって分けるように変更され、形式の末尾の奇偶で車両の向きが分かるようになりました。

あと、電動車は方向転換できないので、クモハ●●●形が1両単独で方向転換することはありませんが、編成全体で方向転換する例は見られます。

 
前置きが長くなりましたが、

115系のクハ115形は番号の百の位を読めば車両の向きが分かるようになっていたのに、最後の最後に115系の仲間に加わった元113系のクハ115形750・2500・2600番代がルールを破ってしまいました。

これは、偶数車の元クハ111形750番代(クハ111-759)をクハ115形750番代(クハ115-759)として編入したことと、編入時に種車の番号に500をプラスしたクハ115形2500・2600番代(基本的に元クハ111形2000・2100番代)が誕生したためです。

 
クハ115形2X00番代だけ並べてみますが、

・クハ115形2000番代は、オリジナルの“偶”数車。

・クハ115形2100番代は、オリジナルの“奇”数車。

・クハ115形2500番代は、元クハ111形2000番代の“偶”数車。

・クハ115形2600番代は、元クハ111形2100番代の“奇”数車。

訳が分からないでしょ!

 
クハ115-759 はすでに廃車され、クハ115形750番代という区分は2年という短命で終わりましたので、こちらのエラー区分は解消されました。

クハ115形2500・2600番代は下関総合車両所(広セキ)のR編成に連結されており、まだ廃車されたのは数両だけのようなので、しばらくは濃黄色となった元113系の115系エラー区分車が楽しめます。

 
クハ115-2516

クハ115-2516(広セキ)  2014年6月5日 西条駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

 クハ111-2016
    ↓
 (高速化改造)
    ↓
 クハ111-7016
    ↓
(電気連結器装備)
    ↓
 クハ111-2608
    ↓
 (115化改造)
    ↓
 クハ115-2516

 
クハ115-2516 は以上のように複雑な経歴を辿った車両ですが、115系に編入改造するときに番号が“原番号+500”に改められています。