DF200形100番代のトップナンバー機(DF200-101)

北海道遠征の3日目(11/19)の話しです。

 
この日は全道的に晴れベースの天気予報。

それでも、やや雲が掛かりそうな予報が後志(しりべし)地方に出ていたので、すぐ移動できるように小樽で前泊しておきました。

 
遠征3日目(11/19)は、天気予報どおり小樽は朝から雲り。

形式写真日和り。

でも、昨年の遠征のときにここ数年のブランクを埋めるべく朝から昼過ぎまで小樽駅に滞在したので、今回は小樽に居続けるよりもロケハンを兼ねて小樽から倶知安、ニセコを経由して長万部まで、函館本線の山線を乗りテツした方が有益な気が…

それよりも、北海道フリーパスの金額分を使い切るために遠くにロケハンに行くのも悪くない…

このまま函館山線に入ってしまうと抜け出るのに半日掛かってしまうので、やっぱり北海道フリーパスなんだから特急列車に乗って長距離移動した方がいいのでは…

といろいろ考えてみましたが、晴れ予報でもロケハンをしておいた方が今後のためになるのでは?ということで、「スーパーおおぞら3号」に間に合う時間だったので、釧路まで往復することにしました。

 
釧路駅は「スーパーおおぞら」の終着駅ですが、ここは中線のない駅なので、形式写真の撮影には向いていません。

でも、1駅となりの新富士駅はJR貨物の釧路貨物駅でもあるので、タイミングが合えばDF200形が撮れるようです。

でもでも、実際に撮れるかどうか確認したことがなかったので、小樽から片道5時間半も掛けてロケハンするということです。

 
札幌8:01発の「スーパーおおぞら3号」に乗車しましたが、晴れていたのは札幌から追分まで。新得を過ぎて十勝平野に下ったら晴れるかと思いましたが、結局、釧路までず〜っと曇っていました。

釧路からキハ40形単行の普通列車で1駅戻って新富士に着いても、曇り。

 
釧路貨物駅の出発線が新富士駅のホームから中2線空きの場所にあり、そこにDF200形100番代がちょうど止まっていたので、コンテナ車数両とともにゆっくり撮ることができました。

しかも、DF200形100番代はトップナンバー機の DF200-101(五)。

狙おうと思っても撮れる車両ではないです。

ピーカンの下で撮れないのを覚悟していただけに、喜びもひとしおの遠征3日目でした。

 
DF200-101

DF200-101(五)  2015年11月19日 新富士駅(釧路貨物駅)

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

DF200形は北海道限定の電気式ディーゼル機関車で、“レッドベア(RED BEAR)”の愛称が付けられています。

5次量産車の50番代から発電用の機関(エンジン)がコマツ製 SDA12V170-1 に切り替えられましたが、2005(平成17)年以降の100番代はさらに主変換装置(VVVFインバータ)のスイッチング素子がGTOサイリスタからIGBTに変更されました。これによって発進や停止のときの発生音が小さくなりました。

100番代は発電用エンジンや発電機、台車などの基本仕様が50番代とまったく同じなので、外観上で両者を区別できません。

DF200形50番代のラストナンバー機で2004(平成16)年1月製の DF200-63 と今回の100番代のトップナンバー機で2005(平成17)年8月製の DF200-101 の形式写真を見比べてみましたが、やっぱりこれといった相違点は見つかりませんでした。



この形式写真に関連するタグ: DF200形 , JR貨物

DF200形50番代の最終ナンバー機(DF200-63)

先日の北海道遠征はカメラを構えると、というか、三脚をセットしていると雨が降るということが多かったのですが、今回はそういう状況のときに撮った形式写真をアップしたいと思います。

今のところ北海道限定の、“レッドベア(RED BEAR)”の愛称が付けられている電気式ディーゼル機関車のDF200形50番代、DF200-63(五)です。

 
DF200-63

DF200-63(五)  2015年7月2日 苫小牧駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

DF200形は、出力不足のため恒常的に重連で運用されていた凸形センターキャブのDD51形(1,100PS × 2)を置き替えるために登場したJR貨物の本線用ディーゼル機関車です。

箱形の車体に 12V396TE14 というV形12気筒ディーゼル機関(1,700PS/1,800rpm)を2機、定格出力320kWの主電動機(かご形三相誘導機)を6台搭載する電気式ディーゼル機関車で、1957(昭和32)年に開発されたDF50形以来、実に35年ぶりの電気式ディーゼル機関車となりました。

 
1992(平成4)年に試作車の DF200-901 が落成しましたが、すぐに量産車は増備されず、しばらくは北海道内で各種試験に供されていました。
当時、たまたま道内の旅人民宿で川﨑重工業の担当者とご一緒したことがあって、いろいろなご苦労を聞いたことがあります。細かいことは覚えていませんが、試運転のスジに合わせて沿線に待機していたようで、そのときの中休みで美瑛に来ていたようでした。

 
開発者たちの努力の甲斐あって1994(平成6)年に量産車のDF200形0番代が製造されました。

この時点ではドイツのMTU社製の駆動用機関(エンジン)を搭載していましたが、外国製の主要部品を試用するさまは1950年代の国鉄時代のようでした。

歴史は繰り返されるようで、DF200形の場合はMTU社製のエンジンが搭載されたのは試作車 DF200-901 と1〜4次量産車の DF200-1〜9・11・12 までで、5次量産車以降の DF200-51〜63・101〜123 は DF200-10 で先行搭載されたコマツ製のエンジン(SDA12V170-1)に切り替えられました。

 
今回アップした DF200-63 は2004(平成16)年1月に製造された50番代のラストナンバー機ですが、翌年から増備された100番代は主変換装置(VVVFインバータ)のスイッチング素子がGTOサイリスタからIGBTに変更されました。



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