「特別な“トワイライトエクスプレス”」を牽引する DD51 1186

2月下旬に「特別な“トワイライトエクスプレス”」を牽引する EF65 1124(関)を撮影しに下関駅に行きましたが、このときは“山陽コース”の運行だったので、以前から撮りたいと思っていたスロネ25形の通路側は撮れませんでした。

“山陽コース”は景色のいい瀬戸内海側に24系客車の寝台側が来るように組成していたためです。

 
「トワイライトエクスプレス」用24系客車は落成時期によって通路側の窓配置が異なるので、特徴的な窓配置になっている元第3編成の スロネ25 503 と スロネフ25 503 の通路側を撮るには“山陰コース”を狙うしかないと、しばらく天気予報をウォッチングしながら遠征のタイミングを図っていました。

 
3月ダイヤ改正前に「特別な“トワイライトエクスプレス”」の運転がお終いになるので、それまでに遠征できるかヒヤヒヤしましたが、何とか上り列車運転日の3/14(月)に曇り予報が出てくれました。

ただ、下関往復のためだけに遠征なんてできないですから、下関到着の前日(3/13)に特急「こうのとり」に充当されている287・289系を撮りに福知山線の柏原駅に立ち寄りました。先日アップした クモハ289-3502(福フチ)のように晴れベースの天気ながらも何とか数枚だけは撮影できました。

 
あとは遠征のメインが撮れればよかったのですが、残念ながら 3/14(月)の下関は雨のち晴れ。

途中、曇りがちの時間帯はありましたが、「特別な“トワイライトエクスプレス”」編成が出庫する1時間ほど前から雲がほとんどなくなってしまいました。

それでも、何とか撮影したのが今回アップする後藤総合車両所(後)の DD51 1186 です。

 
晴れているときに撮影したので発色はいいですし、コントラストも高いので一般ウケのいい写真だとは思いますが、床下機器を中心に日陰部分は完全に黒潰れ。

ぜんぜん満足していませんが、定期運用を持たないJR西日本のDD51形を追いかけるのは至難の業なので、これ以上深追いするのはやめておきます。

うっすらと雲が掛かってくれればよかったのですが… 本当に残念です。

 
DD51 1186

DD51 1186(後)  2016年3月14日 下関駅

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遠征2日目(3/14)は北九州地区の交流電車を撮る予定でしたが、天気予報が晴れベースに変わってしまったので、九州入りをあきらめてロケハンしながらドン行で広島まで戻り、帰りの交通費を節約することにしました。

ほとんど形式写真が撮影できなかった残念な遠征でした。



この形式写真に関連するタグ: DD51形 , JR西日本

原色のままで活躍する愛知機関区の DD51 852

一昨日(1/6)の三重遠征の続きです。

 
今回は久しぶりに現地入りに夜行バスを使いましたが、またしても寝付くことができず徹夜してしまいました。

もともと普段から決まった時間に就寝するのが苦手でして、それが原因で規則正しい生活を続けられなくて悩んでしまい、また寝られなくなってしまうタイプです。

寝付きがよくなるように運動したり、リラックスしたりなんてほとんど関係ないですからね…

 
こちらのブログを書き始めてもうすぐ5年になりますが、この過去5年間に夜行バスを今回を含めて3回乗りましたが、3回ともまったく寝られませんでした。
ウトウトしながら3時間くらい寝たかったのですが、ダメでした…

 
昨年9月に急行「はまなす」に乗って“のびのびカーペットカー”の オハ14 515 を撮りに苫小牧に行きましたが、このときは列車が空いていて1人で2席確保できて横になれたので、2時間くらいは寝られました。

でも、夜行バスはそういうことができないので、徹夜を覚悟しないといけません。
しかも、何かしながら時間を潰すということもできないので、寝付けなかったときは最悪です。

ワゴンRの車中泊のときは、布団持参で気持ちよく寝ていますから、横になれるかどうかが重要なのでしょう。

 
今回の遠征は、いつも通りシングルファーザーとしての家事をすべて終わらせてからで、ヘトヘトかつ焦りに焦って家を出たので夜行バスで少しくらい寝られると期待したのですが…

前述のとおり下車するまでまったく寝られなかったので、当日はグロッキー状態に。

 
疲れていたうえに体調不良、さらに撮影移動中に足をつってしまい、しばらく歩けないというハプニング。

しかも、寝不足でお腹も下しまくっていたので、道中は最悪でした。

 
でも、国鉄時代の原色のままで残っている DD51 852 を、粘りに粘って影が出なくなった瞬間にシャッターが切れたので、今回の遠征は成功だったと思っています。

今回は足をつったあとに苦労して撮影した1枚をアップします。

愛知機関区(愛)の DD51 852 です。

 
DD51 852

DD51 852(愛)  2016年1月6日 四日市駅

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DD51 852 は愛知区配置車では新参者グループに分類される車両で、東日本大震災で寸断された東北本線の郡山に向けて磐越西線経由で燃料輸送を行ったときに動員されたDD51形の1両です。

当時は門司機関区の配置で、東新潟機関区に貸し出されていました。
このときのDD51形の活躍はニュースでも採り上げられたほどでした。

 
もともとは美祢機関区(のちの幡生機関区美祢派出)に長年配置されていた石灰石・セメント輸送機で、寒地仕様車ではなく一般仕様車のためスノープラウは装備していません(一時、運用の都合でスノープラウを装備してましたが、愛知転属に際して撤去されました)。

 
八高線のDD51形を長年見てきましたので、DD51形はスノープラウがあって然りです。

そういう意味では DD51 852 は見た目の重心が軽いので落ち着きませんが、車体更新を推進していたJR貨物にあっては貴重な原色機。

ナンバープレートがブロック化されずに、冷風装置も取り付けられなかったので、原形度の高いDD51形です(運転士さんは大変でしょうが…)。

 
前回アップした赤色系更新機の DD51 857 が撮れたときとは異なる次元の満足感が得られました。

背景に写っているステンレス車体の313系が邪魔だったので、何度もこの場所にもどって撮り直しを試みましたが、お天気との兼ね合いからおとなしい背景で撮ることはできませんでした。

せめて、313系のブラインドが汚らしく閉じていなければ!なんて文句も言いたいですが、主役はきれいに撮れたので我慢することにいたします。



この形式写真に関連するタグ: DD51形 , JR貨物

赤色系更新色をまとった愛知機関区の DD51 857

昨日(1/6)、青春18きっぷの残り1回分を消化するために名古屋地区に行ってまいりました。

 
当初はクルマ併用で、沼津または浜松、岡崎まではクルマ、そこを起点に鉄道利用で青春18きっぷを使えば比較的遠距離までスムーズに行けるのでは、と考えてました。

そして、こんどの週末で、期日ギリギリにでも行ければヨシ。ダメなら流してしまっても、今回はいいぐらいの気持ち。

ところが、一昨日(1/5)の時点で天気予報を確認してみたら、昨日(1/6)は中京地方全域で曇り予報。

 
体調が悪かったのでクルマ移動はやめて、夜行バスの予約が取れたら行く、そう決めて予約サイトで確認してみたら“空席あり”。

ということで、撮影のための予習もほどほどなのに、名古屋行きの夜行バスに乗って、DD51形と211系0番代、そして313系を撮るつもりで遠征してきました。

 
天気予報どおり朝から晩まで曇りということにはならなかったので、撮影地を急遽変更したこともあって、211系0番代はパス。

四日市でDD51形の原色機と更新機を両方撮影し、天気の関係で立ち寄った津では、快速「みえ」のキハ75形やキハ11形300番代を撮りました。

 
今回はそのうちの1両、今後の動向が危ぶまれているJR貨物のDD51形800番代をアップしたいと思います。
赤色系の新更新色をまとった DD51 857(愛)です。

 
DD51 857

DD51 857(愛)  2016年1月6日 四日市駅

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2015(平成27)年5月29日に大宮車両所を出場した DD51 1801 に「DD51 最終全検落成車」のヘッドマークが取り付けられたことが、当時の鉄道ニュースに掲載されました。

後継車がどうなるのか分かりませんが、このことからJR貨物のDD51形は全機引退が近いのは確かなことです。

 
DD51形の更新機は原色機に比べると人気はないかも知れませんが、更新色のDD51形はJR貨物にしか存在しません。

しかも、DD51 857 は稲沢時代の1993(平成5)年に運転室冷風装置を取り付けたため、元空気ダメタンクおおいの上部に収まりの悪い箱が置いてあります。

やや不恰好かも知れないですが、これもJR貨物による後年改造の一つ。

 
当ブログでも安定して比較的アクセスが多いのが、“青色A更新色の DE10 1667”

当時はあれほど毛嫌いされていたDE10形の青色更新機ですが、なくなってみると不人気故に写真も少ないんですよね。

 
後悔しないためにも、原色機ばかりでなく、赤色系の新更新色も撮りたいと思っていたところ、昨日は運よく DD51 857 が目の前に現れてくれました。



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元御召し機の DD51 842

夏場は日射が強く、旅客車両はブラインドやカーテンを閉めることが多いので、先月末からの出撃では機関車を中心に撮影していました。

例年この時期は暑いので10月くらいまでは出撃することがないのですが、今年は日照が少なく、気温も低かったので調子に乗って機関車を撮りに出ていました。

でも、もう電気機関車はネタ切れです。

やっぱり撮影はほどほどのペースにしておかないと疲れが取れませんしね…

 
とは言いつつ、1ヶ月に1回ぐらいは撮影しておかないと、腕が鈍ってしまうという問題があります。

 
形式写真を撮るなんて撮影技術の点では大したことはないのですが、それなりに撮影するまでに手順があったり、三脚をセットする場所の感覚など。1ヶ月以上も間が空くと、それまでと同じような写真が撮れなくなったり、そもそも撮影準備に時間が掛かって撮り逃したり…

でも出撃が天気次第で、こちらの都合どおりに曇ってくれるわけではないので、その辺りの調整が難しいところです。

もう少し天気予報の精度が高ければ動きやすいのですが、自然が相手なので、そこまでは望めませんけどね。

 
 * * *

 
今回は、すでにレタッチ済みの写真の中から、JR東日本所属で高崎車両センター高崎支所(高)に在籍する元御召し機 DD51 842 をアップします。

 
DD51 842

DD51 842(高)  2014年8月31日 横川駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

高崎には国鉄時代からDD51形が配置されていましたが、1999(平成11)年に八高線の貨物列車が廃止されてからは定期運用がなくなり、配置両数もそれまでの16両から4両に激減しました。

そのため、JR東日本管内では高崎地区の工事列車と臨時列車でしかDD51形は見られなくなりました。

写真のように台枠側面や煙道カバーにステンレス処理が施された御召し仕様の DD51 842 が、SL・DL列車の牽引機として使用されることが多いようです。



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