準寒地向けトイレ付きの機関換装車 キハ48形6000番代(キハ48 6001)

7月に入ってからも遠征に出ているので遠征報告を忘れないうちに書きたいところですが、これを始めてしまうとJR東日本の車両がまた続くことになるので、前回に引き続き少し西日本方面の車両をアップしてみようと思います。

 
いきなり九州では西方に行き過ぎになるので、今回は2016(平成28)年3月に全廃となったJR東海のキハ40系の中から1区分1両の存在だったキハ48形6000番代、伊勢車両区(海イセ)の キハ48 6001 をアップしたいと思います。

 
キハ48 6001

キハ48 6001(海イセ)  2015年3月7日 一身田駅

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

キハ48形6000番代はトイレなしの1000番代からの改造車です。

キハ48形1000番代はコイルバネ台車(DT22D/TR51C)を履いた準寒地向け仕様で、1981年(昭和56年)から1982年(昭和57年)に製造されて 1001・1002 の2両が高山本線用として当時の美濃太田機関区(名ミオ)に配置されました。
キハ40形2000番代のような暖地向けグループでないので、キハ40形500・1500番代など寒地向けのグループと同様に出入台(デッキ)とのあいだに仕切りが設けられています。

1000番代はぜんぶで4両しか製造されませんでしたが、名ミオの2両はそのまま国鉄からJR東海に引き継がれました。

 
キハ40系共通の問題点として、約36tの自重に対して連続定格出力220PSはあまりにも非力だったため、JR東海ではキハ40系の駆動機関(エンジン)を換装する工事を進めました。キハ48 1001 は1997(平成9)年4月に名古屋工場で機関換装されて キハ48 6001 となり、カミンズ製のエンジン(C-DMF14HZB)が搭載されました。

キハ48 1002 も キハ48 6002 に改造されたため6000番代は2両となりましたが、2000(平成12)年2月に キハ48 6002 がワンマン対応に改造されて キハ48 6302 となったので、それ以降キハ48形6000番代は キハ48 6001 の1両のみとなってしまいました。

 
以前にも書きましたが、JR東海のキハ40系は少数派区分が多く、撮影者泣かせの存在でした。

国鉄からJR東海に引き継がれたキハ40系はそれほど多くないのに、片運転台のキハ48形だけを見ても、① トイレの有無、② 耐寒耐雪構造の有無、③ ワンマン運転対応の有無で改番されたので、これだけで8区分。

これとは別に、本格的な機関換装が始まる前に先行的に機関換装したトイレ付きのグループ(3500番代)も存在していました(第1期機関換装車)。しかも、3500番代はワンマン対応改造により全車が3800番代に改番されていったので、JR東海のキハ48形は10区分にまで膨らみました。

 

この改番劇を系譜図のかたちで整理すると次のようになります。

 
JR東海キハ48形の系譜図

JR東海キハ48形の系譜図 ※両数は2017年4月1日現在

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 

如何でしょうか?

複雑でしょ…

 
キハ48形以外にキハ40形とキハ47形にも多数のバリエーション…

JR東海のキハ40系を本格的に撮りはじめたのが2013(平成25)年。ギリギリでしたね。

あのときは運用と天気予報ばかりチェックしていたような。



この形式写真に関連するタグ: JR東海 , キハ40系

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