2012年03月

旧“新快速色”のまま下関で活躍する クハ116-101

明日(4/1)で当ブログ「店長のツブヤキ」が開設1周年になりますが、その1日前からはしばらくはダイヤ改正初日(3/17)に下関駅で撮影した形式写真をアップしていこうと考えています。

 
JR西日本はコスト削減のため鋼製車両について単色化を推進していますが、2010(平成22)年時点で塗り替えまでに8年掛かると発表したとおり、半日下関駅にいても濃黄色に塗り替えられた電車は2編成しか目撃できませんでした。

“新快速色”のまま下関に転属してきた117系100番代(3編成)はその後も広島色に塗り替えられることもなく、原色のまま使用されてます。

 
クハ116-101

クハ116-101(広セキ)  2012年3月17日 下関駅

「あさぎり」の制御電動車 クモハ371-101

今日はいつもよりアクセス数が多く、“トレインブックス”をキーワードにして訪れる方が多いなぁ〜、となんて思っていたところ、夕方になってその理由が分かりました。

先日、取材を受けた記事が「タウンニュース大和版」の3月30日版に掲載されていたからでした。
記事の内容は「タウンニュースWeb版」でご覧いただけます。
下にも新聞紙面の画像を貼っておきます。

 
タウンニュース大和版

 
事前に掲載記事の文面などをチェックしませんでしたが、2時間弱の取材というか雑談のような時間で話した内容がうまくまとめられています。

 
もっと小さな扱いで2段記事程度になると思っていましたが、4段も割かれていて、写真もルーペを使わなくても見られるほどの大きさでしたのでうれしかったですね。
長谷川あい子さんという方が書かれていますが、本当に感謝感謝です。ありがとうございました。

 
なお、記事中に “2回のリストラ” と書いてありますが、「トレインブックス」開業時の話しで、3年前を含めると3回です。
リストラというとイヤなので、“会社都合退職”ということで。

会社が倒産!そのような経験はしてませんが、勤めていた研究所や事業所の閉鎖など、その程度です。
でも、3回も働いていた場所がなくなると結構凹むもので、再就職のたびに新たな人間関係を築かないといけないので、転職は気軽にするものではないですよ。

 
24歳で就職してから18年間の会社員時代で、研究、開発、企画、製造、営業、コンサルタントなどなど、いろいろな職種を経験したことが現在の古本屋という仕事に活きているのか甚だ疑問ですが、これからもマイペースで好きなことをやって生きていきたいと思っています。

 
記事中には触れられていませんが、このように古本屋をやっていけるのは妻をはじめ家族の協力があってのことです。家族には感謝しています。

 
 
(また同じことを書きますが)
ここにお越しの皆さんは私のことはどうでもいいと思う方が大半だと思いますので、最後にいつものように 1枚だけ形式写真をアップします。

3月17日ダイヤ改正で引退した特急「あさぎり」で使用されていたJR東海371系電車の写真撮り直しのために、今年に入ってから5回も御殿場線沿線に向かいましたが、結局両端の先頭車クモハ371形はうまく撮れませんでした。

かつて371系を撮ってましたので、そのときの写真をアップします。
 
クモハ371-101

クモハ371-101(静シス)  2007年9月16日 裾野駅

 
371系の中間車はすべて撮影済みですので、下の「371系」タグをクリックすると見ることができます。

「北越」のクロハ481形3000番代

3月17日ダイヤ改正で特急「スーパーひたち」で使用されている651系電車が一部E657系に置き替えられましたが、次にE657系が増備されると「フレッシュひたち」のE653系も置き替えられます。
そうなると特急「北越」「いなほ」で使用されている新潟車両センター(新ニイ)の485系がE653系に置き替えられる日が近づいてきます。

そんな発表があってから新ニイの485系を撮りはじめると大変なことになるので、新潟地区へ行くと新津駅や長岡駅などで撮るようにしています。

 
クロハ481-3026

クロハ481-3026(新ニイ)  2010年11月24日 新津駅

大分車両センターの415系100番代(モハ414-104)

国鉄時代に設計された交直流電車のパンタグラフ付き車両は屋根上がにぎやかで見ているだけで楽しくなります。

パンタ周辺の低屋根部分には、交流と直流を切り替える“交直切替器”、交直切り替えの際に主回路を遮断する“空気遮断器”、異常時に回路を保護する避雷器や主ヒューズ、などたくさんの機器が乗っており、機器が多いため台車中心とパンタ位置がズレていルところなんて直流電車にはない魅力です。

しかも、かつては交直流車両(特急形を除く)はローズピンクが入った暖色系塗色をしていたので、一目で分かるような存在でした。

 
私の祖母が福島県いわき市平(たいら)に住んでいたので、高校1年生まで夏休みになると家族で平に行ってました。
上野〜平間にはいろいろな列車が走っていたので、無意識のうちに交直流電車への憧れみたいなものが生まれているのかも知れません。

当時は家族4人で483系の特急「ひたち」に乗るのは贅沢なことで、もっぱら451・453系やキハ58系の急行「ときわ」に乗っていて、定期列車に乗れないときは401系の「臨時ときわ」なんて遜色急行にも乗っていました。

 
昭和50年代なんてJRが生まれる10年くらい前の話しですが、冷房車やリクライニングする特急列車がまだ少なかった時代です。

 
モハ414-104

モハ414-104(分オイ)  2012年3月16日 大分駅

大分車両センターの415系100番代(クハ411-117)

3/17(土)のダイヤ改正で大分車両センター(分オイ)に配置されていた415系0番代の4両編成3本が運用から離脱しましたが、まだまだ415系100番代が現役で走っています。

2007(平成19)年3月にJR東日本の415系(鋼製車両)がE531系に置き替えられたときはお祭り騒ぎでしたが、JR九州では本州乗り入れ可能な車両として下関〜門司間で使用されているほかに、2007(平成19)年以降は鹿児島地区まで運用範囲を広げています。

JR九州の415系は腐食防止のため通風器が撤去されて屋根上がスッキリしてしてしまいましたが、分オイの415系はロングシート化されていないセミクロス車が多く、写真のクハ411-117(分オイ)のように延命工事が施工されていない車両も運用に入っています。

 
クハ411-117

クハ411-117(分オイ)  2012年3月16日 大分駅