気動車

小海線の観光列車“HIGH RAIL 1375”の2号車(キハ103-711)

数年前から再び青春18きっぷを買うようになりましたが、夏季だけは利用期間中に5回も使えずに無駄にすることが多いです。

乗り鉄ではないのでドン行で長距離移動したいとは思わないので、夏季期間中は曇ってくれ、と願う日々を過ごしています。

しかし、今年は記録に残るような冷夏で首都圏でも晴れる日が少ない、形式写真を撮るにはもってこいの夏です。
とは言っても、子どもたちが夏休みに入ると主夫は大忙しですから、自由にいつでも撮影に出るという訳にはいきません。

 
夏休み中は家事に追われるので主夫の愚痴を書いてしまうことが多いですが、今年は娘が短期留学で留守だったのでずいぶんと楽に過ごせました。

奥さんも義母のお世話に栃木市に行きっぱなしだったので、家族4人が揃うことがありません。

となると、撮影に出たくなるのが心情です。夕方までに帰れば主夫的に何ら問題ないので、出撃先のウォッチングだけは欠かさないようにしていました。

 
そんな矢先、形式写真仲間が挙って通っていた小淵沢に私も8月初旬に行ってきましたので、今回はそのときの形式写真をアップしたいと思います。

2017年7月から運転を開始した小海線(八ヶ岳高原線)の新しい観光列車「HIGH RAIL 1375」の2号車、キハ103-711(長コミ)です。

 
キハ103-711

キハ103-711(長コミ)  2017年8月2日 小淵沢駅

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「HIGH RAIL 1375」は下図のように車体長の異なる ①キハ103-711(小諸方)と ②キハ112-711(小淵沢方)からなる2両編成です。

 
「HIGH RAIL 1375」の編成表(左側が小諸方)

“HIGH RAIL 1375”の編成表(左側が小諸方)

 

写真の キハ103-711 は盛岡車両センター(盛モリ)から転入した キハ100-29 を種車とする16m車で、前位客用ドアが閉鎖されて天井に星空映像を映し出すギャラリー(HIGH RAIL)が設置されています。

客室の座席は1号車のようなバリエーションはなく回転リクライニングシートのみで、後位側の便所は車イス対応のものに改装されています。

 
「HIGH RAIL 1375」は必ず2両編成で運行されるので、キハ112-711 と連結する後位側は保安装置の表記が消されており、転落防止ホロも種車のものが取り付けられています。そのため、この車両は片運転台車扱いで運用されており、後位乗務員室(運転室)は業務用室として使用されています。

 
今回、観光用車両への改造にともない“キハ103”という新形式を名乗りましたが、このときに左沢線専用形式のキハ101形に続く形式となる“キハ102”をスッ飛ばして“キハ103”となりました。

これは車両の連結向きを形式で表す措置が執られたためで、小海線は小淵沢を起点にした下り列車の先頭側をキハ110系の奇数側としているので、こちら側に連結される16m車ということでキハ103形になったものと思われます。

 
“711”という番号ですが、こちらは“TOHOKU EMOTION”のキハ110系700番代に続く観光用車両だったので、10の位を切り上げて710番代としたためです。

他線区用としてキハ110系の観光用車両が登場することになったら、こんどは720番代になる可能性が高いでしょうね。



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トイレ部分が連続窓のように見えるキハ100形試作車(キハ100-2)

4日間有効の“大人の休日倶楽部パス(東日本)”を使って酒田遠征(7/1)、宇都宮出撃(7/2)と立て続けに出てましたが、初日の酒田遠征で十分に元を取りました。

撮影に出ずっぱりだと疲れてしまうので、3〜4日目はそのまま出掛けないで放置かなぁ〜、と。

 
ところが、こんなときに東北地方が安定的に曇りそうな天気予報が出されます。

東北地方ならフリーきっぷを使えば交通費が掛からないですから、これをみすみす逃すのはもったいない。そう思って、急遽、大船渡線または北上線で使用されているキハ100形試作車を撮りに出掛けることにしました。

 
キハ100形試作車は一ノ関運輸区(盛イチ)の キハ100-1〜4 ですが、キハ100-1・3 は「POKÉMON with YOU(ポケモン ウィズ ユー トレイン)」用に改造されているので、ローカル運用に入る未改造車は キハ100-2・4 の2両のみです。

この2両が大船渡線と北上線のどちらの運用に入っているかは行ってみないと分かりません。
地元の鉄道ファンなら知っているかも知れませんが、少なくともよそ者がNET情報などで事前にする知る術はありません。

なので、今回は北上線のキハ100形運用が集中する早朝の北上駅で試作車を探すために、北上に前日(7/3)入りして7/4(火)に撮影することにしました。

 
当日は北上駅に早朝から入り キハ100-2・4 が運用に入っているか確認。

朝の数時間で北上線のすべてのキハ100形を確認することはできませんが、少なくとも朝の時点では居ません。それどころか、パイプスカートの初期形すら目撃することができませんでした。

このまま北上に滞在しても意味がなさそうだったので、すぐに東北新幹線で一ノ関に移動しました。

 
一ノ関に着いてみると、これから乗車する10:19発の気仙沼行き(331D)の先頭車に キハ100-4 が連結されていました。

トイレ側を撮りたかったので、撮るとなると対向ホームの下り列車。
どこで撮ればいいのか、車内で必死に調べていたら一つ目の真滝駅で早速の4分停車。

急いで荷物を仕度して下車して対向ホームに向かいましたが、行き違いの列車が来てしまい撮影できず。発車時間にズレがあることを期待しましたが、同時発車だったため キハ100-4 は撮れず仕舞い。

しかも、バスも何も発着しない無人駅に撮り残されてしまいました。

次の列車は2時間後。

 
歩いて一ノ関に戻るには少々遠い。

寂しい待合室でいろいろと考えた挙げ句、タクシーを呼んで一ノ関に戻り、そこでレンタカーを借りるのが得策ではないかとの結論に至りました。

 
前泊のホテル代以外は交通費が掛からないから遠征に来たのに、馬鹿みたいな話しですよね…

でも、もう1回交通費を掛けて鉄道利用だけでキハ100形試作車を追いかけることを考えたら、あながち無駄ではないなぁ〜との判断です。

あと、真滝駅は三脚を構えるには引きが取れないホームなので、別の場所をロケハンしておいた方がいいという気持ちもありました。

 
ということで、レンタカーで千厩駅、折壁駅、陸中松川駅を順に訪ねて、それぞれの駅の状況を確認しながらキハ100形を数両撮影してきました。

Google Map の航空写真だけでは構内の障害物の状況は分からないですからね…

ホームに花壇があったり、停車目標の標識が邪魔になったりと、行ってみないと分からないことが多いですね。結局、折壁駅で下り列車を対向ホームから撮影するとトイレ側がいい具合に撮れることが分かりました。

こんな感じです。

これなら、連続窓風に処理されたトイレ部分がよく見えると思います。

 
キハ100-2

キハ100-2(盛イチ)  2017年7月4日 折壁駅

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キハ100形試作車はトイレ部分にダミーのガラスが貼られており、連続窓の窓柱に見える窓枠まで取り付けられています。

通常、キハ110系は車体側面のトイレ部分に黒色のJRマークが貼付されていますが、キハ100形試作車は同部分を連続窓風に処理している関係で白色のJRマークが貼られています。

よく見ると、試作車は運転台部分の側窓もHゴムではなくて金属押さえになっていますが、インパクトの強さはトイレ部分の連続窓風には適いません。

雑誌やNETにもあまり写真が掲載されていないので、初めて見たときの違和感は相当なものでした。

 
快速「はまゆり」用の キハ110-1〜3 も同じような処理がなされているので、こちらも併せて記録していきたいと思っています。

JR初期の車両も車齢を考えるといつ置き替えされてもおかしくないので、普通に走っているうちにサクッと撮っていきたいですね。

 
以上、

かなり予算オーバーな遠征になってしまいましたが、“レンタカーを使って頑張って撮りました”、の巻でした。



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陸羽東線に投入されたキハ112形200番代の最終増備車(キハ112-215)

7月初旬の遠征記録が書けないままでいたら7月が終わってしまいました。

先日書いたとおりJR西日本とJR九州の国鉄形車両を順にアップするつもりでしたが、このまま遠征記録を先延ばししてしまうとその後の出撃報告が詰まってしまうので方針転換することにしました。

 
6月の“大人の休日倶楽部パス”北海道・東北遠征は天気予報が当たらないという大誤算があって、消化不良な結果で終わりました。でも、それでもうまく立ち回れるような遠征のやり方があるのではないか?と少し考えてみました。

“大人の休日倶楽部パス”などのフリーきっぷは、鉄道を長距離利用すればするほどお得になります。

でも、無理に遠出するのは得策ではないとの結論に至りました。特に、天気予報がぜんぜん当たらないときに現地滞在を続けたら傷口が広がってしまいます。

 
“天気予報が当たらない”

これが一番の問題なのですが、この現実を踏まえて行動しないと…

それを踏まえると、フリーきっぷを使った遠征は直近の天気予報を慎重に受け止め、そして滞在期間を短かくした方がいいのではないか、と。

極端に言えば、多少遠くても日帰りがいいのでは?

 
ということで、ちょうど1ヶ月前の7/1(土)に“大人の休日倶楽部パス”を使って日帰りで長距離遠征してきました。

 
遠征先は数年前から気になっていた山形県の酒田駅。

ターゲットは、陸羽東線と陸羽西線で使用されているキハ110系200番代の最終増備車、キハ111形200番代とキハ112形200番代の2形式。
ついでに、新津運輸区(新ニツ)のキハ40系、新潟車両センター(新ニイ)のE653系1000番代、さらに「きらきらうえつ」用の485系700番代。

これだけ撮れれば万々歳です。

 
当日は早朝の東北新幹線「はやぶさ」で古川に向かい、そこから陸羽東線と陸羽西線を乗り継いで酒田に。片道 6時間半の道のり…

現地に着いてみると、やっぱり天気予報はハズれて晴れベースのお天気。雲が多かったので曇ることもありましたが、曇り待ちのため撮影効率は最悪。雲の流れを確認しながら待機、撮影、待機、みたいに。

でも、これは留置車両の撮影だったから成り立ったこと。曇り待ちができただけマシ。

 
4時間近くの滞在でターゲットとしていた車両はすべて撮影できました。

曇り待ちばかりで疲れましたけどね…

で、帰りはロケハンを兼ねて特急「いなほ」に乗って上越新幹線経由で帰りました。
未だに2階建て新幹線“Max”(E4系)が主役だったのには驚きましたが、客室が狭くてノロい「とき」を堪能しました。

 
 * * *

 
今回は、1998(平成10)年に陸羽東線に投入されたキハ112形200番代の最終増備車、小牛田運輸区(仙ココ)の キハ112-215 をアップしたいと思います。

 
キハ112-215

キハ112-215(仙ココ)  2017年7月1日 酒田駅

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キハ112-215 は、1998(平成10)年に陸羽東線用として投入されたキハ110系最終増備車のうちの1両です。

客窓のカーテンが省略されており、その代わりに窓ガラスが熱線吸収ガラスに変更されています。同グループの キハ110-238 をアップしたときに書き忘れましたが、台車は軸バネをロールゴム方式から円すいゴム方式に変更した DT58B(従台車はTR242A)を履いています。

1999(平成11)年製の キハ112-218〜221 が沿線活性化のために陸羽東線色で落成したため、従来色だった キハ112-213〜217 もこの塗色に塗り替えられました。

 
投入当初は、片運転台車(2両編成)の キハ111-213〜221 と キハ112-213〜221 は陸羽東線用、キハ110-237〜245 は陸羽西線用として塗色ごとに運用が分かれていましたが、現在は陸羽東線と陸羽西線で使用されています。



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準寒地向けトイレ付きの機関換装車 キハ48形6000番代(キハ48 6001)

7月に入ってからも遠征に出ているので遠征報告を忘れないうちに書きたいところですが、これを始めてしまうとJR東日本の車両がまた続くことになるので、前回に引き続き少し西日本方面の車両をアップしてみようと思います。

 
いきなり九州では西方に行き過ぎになるので、今回は2016(平成28)年3月に全廃となったJR東海のキハ40系の中から1区分1両の存在だったキハ48形6000番代、伊勢車両区(海イセ)の キハ48 6001 をアップしたいと思います。

 
キハ48 6001

キハ48 6001(海イセ)  2015年3月7日 一身田駅

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キハ48形6000番代はトイレなしの1000番代からの改造車です。

キハ48形1000番代はコイルバネ台車(DT22D/TR51C)を履いた準寒地向け仕様で、1981年(昭和56年)から1982年(昭和57年)に製造されて 1001・1002 の2両が高山本線用として当時の美濃太田機関区(名ミオ)に配置されました。
キハ40形2000番代のような暖地向けグループでないので、キハ40形500・1500番代など寒地向けのグループと同様に出入台(デッキ)とのあいだに仕切りが設けられています。

1000番代はぜんぶで4両しか製造されませんでしたが、名ミオの2両はそのまま国鉄からJR東海に引き継がれました。

 
キハ40系共通の問題点として、約36tの自重に対して連続定格出力220PSはあまりにも非力だったため、JR東海ではキハ40系の駆動機関(エンジン)を換装する工事を進めました。キハ48 1001 は1997(平成9)年4月に名古屋工場で機関換装されて キハ48 6001 となり、カミンズ製のエンジン(C-DMF14HZB)が搭載されました。

キハ48 1002 も キハ48 6002 に改造されたため6000番代は2両となりましたが、2000(平成12)年2月に キハ48 6002 がワンマン対応に改造されて キハ48 6302 となったので、それ以降キハ48形6000番代は キハ48 6001 の1両のみとなってしまいました。

 
以前にも書きましたが、JR東海のキハ40系は少数派区分が多く、撮影者泣かせの存在でした。

国鉄からJR東海に引き継がれたキハ40系はそれほど多くないのに、片運転台のキハ48形だけを見ても、① トイレの有無、② 耐寒耐雪構造の有無、③ ワンマン運転対応の有無で改番されたので、これだけで8区分。

これとは別に、本格的な機関換装が始まる前に先行的に機関換装したトイレ付きのグループ(3500番代)も存在していました(第1期機関換装車)。しかも、3500番代はワンマン対応改造により全車が3800番代に改番されていったので、JR東海のキハ48形は10区分にまで膨らみました。

 

この改番劇を系譜図のかたちで整理すると次のようになります。

 
JR東海キハ48形の系譜図

JR東海キハ48形の系譜図 ※両数は2017年4月1日現在

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如何でしょうか?

複雑でしょ…

 
キハ48形以外にキハ40形とキハ47形にも多数のバリエーション…

JR東海のキハ40系を本格的に撮りはじめたのが2013(平成25)年。ギリギリでしたね。

あのときは運用と天気予報ばかりチェックしていたような。



この形式写真に関連するタグ: JR東海 , キハ40系

北上線運用に入っているパイプスカートのキハ100形1次車(キハ100-7)

半月以上も遅れて北海道・東北遠征の記録を書いていますが、今回は4日目、6/25(月)の続きの話しです。

 
前回は話しの流れからEH500形量産車のトップナンバー機(EH500-1)をアップしましたが、遠征4日目の目玉はEH500形ではなくてキハ110系でした。

 
キハ110系はJR東日本が開発したローカル線用気動車で、投入線区に応じて両運転台または片運転台、車体長も16m級と20m級と多彩なバリエーションを持ったグループです。

平成2(1990)年に試作車が登場し、16m級車体のキハ100形と、急行「陸中」用として回転リクライニングシートを装備した20m級車体のキハ110形の2形式がこのときに起こされました。

このときに落成した試作車はブラックフェイスで、当時の鉄道ファン誌(1990年4月号)の表紙を飾るほどの斬新なデザインでした。

 
鉄道ファン 1990年4月号(No.348)

鉄道ファン 1990年4月号(No.348)

 
1990(平成2)年ごろは追いかけていた救援車(客車)がほとんどが解体され終わった時期で、次なる被写体を求めていたときでした。

ちょうどその頃に登場したのがキハ100形。
ブラックフェイスのキハ100形が気になったので北上駅に行ったことがありましたが、量産車1次車(キハ100-5〜8)が落成したあとで、行ってみたらすでに現在のおとなしい塗り分けになって空振りでした。

今回はそのとき以来の北上訪問ですから、約25年ぶりです。

 
北上線を受け持つ一ノ関運輸区(盛イチ)はその後の増備でパイプスカートを廃止した量産車2次車ばかりになってしまったので、キハ100形の試作車(キハ100-2・4)または量産車1次車(キハ100-5〜8)を撮影するのは至難の業。

そんななか、遠征4日目の早朝に2両も量産車1次車が北上駅に来てくれたのですから、なかなかの強運です。

試作車の キハ100-2・4 が来てくれたらよかったのですが、北上駅では特徴側となるトイレ側を撮ることができないので、これについては別の機会を考えた方がいいようです。

 
遠征4日目(6/25)はEH500形量産機のトップナンバーを撮る前に地味な成果がありましたので、今回はそのときに撮影した キハ100-7(盛イチ)をアップしたいと思います。

 
キハ100-7

キハ100-7(盛イチ)  2017年6月25日 北上駅

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