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ミャンマーで余生を送る元神奈川中央交通“カナちゃん号”【あ153】

すでに「編集長敬白」や「鉄道友の会客車気動車研究会」に書かれていますのでご存じの方も多いと思いますが、8月28日に鉄道友の会客車気動車研究会の代表の岡田誠一さんがお亡くなりになりました。

 
享年48歳、あまりにも早い死でした。

 

岡田さんは客車・気動車などの車両研究の第一人者であり、1991(平成3)年の鉄道ピクトリアル「14・24系寝台車特集」以降、同誌の客車・気動車特集では必ずメインの執筆を担当されていました。

このほかにも、RMライブラリー「キハ41000とその一族」「国鉄レールバス その生涯」「キハ07ものがたり」「国鉄暖房車のすべて」やJBBキャンブックス「国鉄鋼製客車」「国鉄準急列車物語」などを執筆し、鉄道雑誌でも数多くの連載記事を担当するなど、精力的に活動されていました。

 
これまでに集めた資料をもとに、これまで公開されてこなかった史実などが公開されるものだと期待していただけに非常に残念です。

 

岡田さんは私より2学年先輩ですが、10代のときから勢力的に活動されていましたので、雲の上のような存在でした。
そのような岡田さんに会えるようになったのは10数年前に鉄道友の会客車気動車研究会(当時は東京支部客車気動車研究部会)に入会してからです。

当時は「国鉄型車両ファイル」を公開したあとで、少しずつ客車形式のページが充実し始めたときでした。

部会例会のときにお会いしたときは、サイト作りで経歴不明の客車にぶつかったときはコピーを出してもらってメモさせてもらったり、手持ちのネガがない未撮影の形式については岡田さんのネガを貸していただくこともありました。

 
2003(平成15)年にオンライン古書店「トレインブックス」を立ち上げる準備段階では、表紙スキャンをするために状態のよい蔵書を貸してくれたこともありました。
もともと、岡田さんは鉄道書籍データベースを作りたいと考え、きれいな状態でスキャニングした表紙写真を手に入れたいと言っていました。

「トレインブックス」開業後は買い取りできれいな状態の本が手に入るようになったので、表紙写真のライブラリが揃ってきたら岡田さんに提供し、恩返しをしたいと思っていました。

 
また、私が撮影した形式写真を岡田さんの著作で使ってもらったことがないので、是非こんど!と思っていましたが残念ながら間に合いませんでした。

 
心よりご冥福をお祈りしたいと思います。

 
 * * *

 
岡田さんは車両研究の第一人者ですが、バスについても造詣が深い方でした。

 
2005(平成17)年、仕事の関係で1週間ほどミャンマーに出張することがあったので、出張直前にお会いしたときにそのことを話すと、ミャンマーは日本のバスの博物館のようなのでバスの写真を撮ってきて、と。

2回目のミャンマー出張のときに2日にわたって1時間ずつ自由時間が捻出できたので、バスがたくさん走っている場所の中央分離帯に陣取って、可能な限り写真を撮ってきました。

このときのヤンゴン市内は、民族問題を切っ掛けとした同時爆破事件の直後で、銃を持った警官がたくさんいましたが、外国人には関係のない国内問題だったのでバスの撮影はOKでした。でも、恐かったでしたけどね。

 

当時、ヤンゴン市内で最もたくさん走っていたバスは我が地元(神奈川県)の神奈川中央交通。次に、京都市交通局、相模鉄道、仙台市交通局、な感じでした。

 
ミャンマーで余生を送る元神奈川中央交通“カナちゃん号”【あ153】

ミャンマーで余生を送る元神奈川中央交通“カナちゃん号”【あ153】

上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。

 
元神奈川中央交通のバスは一般的な神奈中(かなちゅう)色がほとんどでしたが、ホテルからほど近いヤンゴン中央駅のだだっ広い駐車場には厚木営業所の初代「カナちゃん号」の“あ153”号が止まっていました。

この車両以外の元神奈中バスは旧番号が分からないように消されていましたが、この「カナちゃん号」だけは“あ153”が読み取れました。

 
もちろん、このことは当時岡田さんに報告しています。



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